死んでたまるか19 ただいま、リハビリ奮戦中 垣田 さち子(西陣)  PDF

リハに取り組む日々

 21年の新年が明けた。発症から2年半が過ぎた。
 超急性期、急性期、回復期と現行の医療保険で提供されるリハビリテーションを目一杯使わせていただき、在宅に戻ってからは、医療のリハは使えなくなり介護保険の通所リハで、毎日午前、午後に1時間半ずつ計3時間をルーチンにして運動・訓練が生活の中心になっている。内容はレッグプレス、ローイング、バイオステップ、アームエルゴ。ツイスターなどのマシンリハとセラピストによるベッド上でのストレッチ、筋肉トレーニングを欠かさない。そして、4点杖での歩行訓練も。さらに、自力で床から車椅子に座ることができるために床上訓練も行っている。
 というのも、この間6回も車椅子から床へ滑り落ちた。「ソフトランディングしてるし骨折なんかせえへん」とエラそうに言っているが、たまたまうまくいっただけかもしれない。どうして滑り落ちたのか、全く訳が分からない。気がついたら地べたにお尻がついていた。「どうなったん?」という感じ。
 感覚がないのはほんとに怖い。私のように左半身感覚麻痺では、いつ転倒・骨折・入院に至ってもおかしくない。危ない場面は一杯あった。見て分かる運動器だけでなく、左側の内臓も同様の麻痺状態のはずなので、心・肺・呼吸器・消化器機能、食事、排泄などに予測できない失敗がある。いつでも安静・不動を指示されかねない。AF・DMなどの基礎疾患があるだけに、安静臥床はタブーである。
 毎日の私のリハを見て「ようならはったわあ。やっぱり努力の人やね」と励ましてくれる人。「頑張らはりますなぁ。うちも負けてられへん」と力の入る人。中には「あんさん、やり過ぎでっせ。汗かいてやるもんちゃいまっせ」「ゆっくりやったらしんどいでっせ」とこっそり教えて下さる方。「いつもニコニコしたはりますなぁ。やはらへんと寂しいわ」と言って下さる仲間もでき、「そらここが一番ええねん。来てるだけで嬉しいねん」と大きな声で答える。
 先日、リハ室のベッドで寝てしまった人を起こした時、「起こさんといてえな。このままあっち逝けたらよかったのに」。思わず出た本音かもしれない。
 独居の人がますます増えているように思う。女性の独居者は基本的に元気である。「動けへんようになったらお終いやし、鍛えとかな」とリハの目標も明快である。でも一人暮らしの心もとなさ、寂しさはどうにもならない。「ここに来るのが生き甲斐やねん」と、毎週、少女のようにお顔一杯の晴れやかな笑顔でごあいさつされる。
 可愛らしい声、小鳥のさえずりのようなおしゃべり、おっちゃんたちの無言のエール。セラピストたちの規則正しい軽快な掛け声が響き、寒波も吹き飛ぶような熱気に満ちる。
 「ダラダラリハが問題」といわれ、疾患別に分類され、提供するリハの内容・期間などを国が決め、一定のパッケージでしかリハを受けられなくなった。個別性の尊重が謳われカスタマイズ医療が目指されている時に、逆行も甚だしい。
 逆行と言えば、民主主義に逆行する世界の動きはどうか。アメリカのトランプ元大統領、香港、ロシア、ミャンマー等々。“人生100年時代”と言われながら、小・中学生の自殺の増加は深刻である。年老いた先輩は、明るく温かい人生のお手本を示さねばならないだろう。中途半端に死んではいけない。「終わり良ければ全て良し」。

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