理事提言 新型コロナワクチンと社会的アクセス 保険部会 植田良樹  PDF

 もう10年以上前になりますが、タンザニアに渡航するにあたって、黄熱病のワクチン接種が必要と知り、神戸まで行きました。日に数便しかない和田岬線は使わず熱い日差しの下、地下鉄から検疫所まで歩き、もらったワクチン接種証明書はいまもパスポートに、ホッチキスで止めてあります。
 ワクチンというのは非常に効率のよい予防方法です。予防医学に人々が夢を持つのも、ワクチンの成功があったからと思いますし、その他一般の雑な自称予防医療に引っかかる人が多いのも、歴史的なワクチンの成功の裏面ではないかと思います。
 ありがたみが当たり前になると、今度はアラを探して足で踏むものも出ます。
 21世紀になってからの、いろんな報道での医療叩きはひどいものがありましたが、「あって当たり前」「できて当たり前」だったからではないですか。
 ワクチンにしても、HPVワクチンが一度は普及して成功しながら、副反応ばかり叩く報道のせいで接種勧奨もなくなった結果、マザーキラーの悲劇が舞い戻ってきたのは、医療者として非常に残念に思うべき事柄です。麻疹のワクチンを日本では受けない人が一時期増えて、国際的に伝染病流行地域扱いを受けたという話もあります。ワクチン接種を、外国人の入国要件にしている国もあります。
 ところで、新型コロナのワクチンです。mRNAワクチンというのは新しいもので、長期的にどうなるかわからないのは当たり前であっても、死亡症例の多い欧米諸国では接種しない選択肢はありません。しかし、もともと死亡症例が少なく、現状でウイルス陽性者の減りつつある日本では、やりたくないという姿勢の人が目立つように思います。接種は一応「努力義務」にはなるのですが、無視できない割合の「接種しない人たち」が社会に生まれそうに思います。
 たとえば、飲食業など各種サービス業で、新規アルバイトの募集にあたり、ワクチン接種を条件にするところが出てきてもおかしくないくらいは、普通に想像できます。ワクチン接種されていない人は感染させてはいけないから、わかるように印をつけろとか、ちょっと離れたところで固まってろとか、いかにも相手のことを考えているような態度で隔離することだってありうるわけです。もっと下世話な話、周りの者がワクチンを打った、そのリスクに安住しやがってという感情論も出てきかねないと思っています。
 ワクチン接種の有無で、社会的なアクセスについて区別されるというのは、その他のワクチンでの旅行者の扱いのように、ありうることではあります。新型コロナのワクチンについても、社会すら変えつつあるウイルスの感染リスクが変わる以上、一切区別するなと無条件に言い放っては、むしろ各所で勝手な目分量で線が引かれて混乱が生じるでしょう。
 そのあたりの区別について、やみくもな差別が起こる前に、医学的科学的に妥当な線を、医療者が社会に対して提示しておく必要があるのではないかと思う次第です。

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