医師が選んだ医事紛争事例 130  PDF

向精神病薬ピーゼットシー○Rによって 遅発性ジスキネジアを発症?

(20歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は、強迫性障害、抑うつ状態で本件医療機関を受診した。その後、医師は初診から約1年5カ月後にピーゼットシー○R(ペルフェナジンマレイン酸塩、統合失調症用剤)とアナフラニール○R(クロミプラミン塩酸塩、抑うつ病用剤)を組み合わせて処方した。患者は散発的な受診であったが、治療効果を認めていたため継続的に処方した。本件医療機関には初診から約2年6カ月通院した。しかし、最終受診日から約9カ月経過した後、患者の地元のA医療機関から患者が遅発性ジスキネジア、眼瞼痙攣で入院中との連絡があり、その際、A医療機関にこれまでの患者への処方内容を伝えた。A医療機関より連絡があった日から約1年6カ月後に、患者が本件医療機関に来院して、ピーゼットシー○Rが原因で遅発性ジスキネジアを発症したため、脳深部刺激療法(DBS:deep brain stimu-
lation)による脳外科的手術を受けたが、改善せず話すことや書くことに障害が残ったと訴えた。
 患者側は、初診から約2年3カ月経過した受診時に遅発性ジスキネジア発症の兆候である手の震えの症状があったにもかかわらず、それを見落してピーゼットシー○Rを処方し続けたことは医療機関の過誤として、額は明確でないが賠償請求をした。
 医療機関側としては、患者が見落としたと主張する受診日には、患者が眠気を訴えたためピーゼットシー○Rを減薬した。その際、患者は遅発性ジスキネジアを疑う首の突っ張り等の症状を訴えておらず、医療機関側としてはその時点ではピーゼットシー○Rの適応はあったとの見解を示した。なお、ピーゼットシー○Rによる副作用として遅発性ジスキネジアは予見可能であったが、一般的にはそのリスクを患者に説明はしないとのことであった。
 紛争発生から解決まで約4年10カ月間要した。
〈問題点〉
 患者が見落したと主張する受診日に遅発性ジスキネジアを疑うことは困難であっただろう。副作用としての遅発性ジスキネジアの発症についても、患者側には説明していないが、仮に説明の上、患者が処方を拒否し他の薬剤に変更した場合でも、副作用のリスクは大きく変わらないため、一般的な精神科医師では説明しないとのことから、説明義務違反も問えない。患者は就職ができないことも訴えているらしいが、基礎疾患として、強迫性障害、抑うつ状態と診断されているので、遅発性ジスキネジアだけが就職できない原因とも断定できない。したがって医療過誤は認められなかった。なお、医療機関側は患者側の執拗なクレームに耐えられずに弁護士を代理人とせざるを得ない状況となった経緯があった。
 本件発生時期での過失・責任の有無の判断としては上述のようになる。しかし、錐体外路症状を併発し得る定型の向精神病薬の処方中においては、ジスキネジアやパーキンソン症状などの錐体外路症状が生じ始めた場合は、今後は原疾患の精神症状の変化に注意を払いつつ、遅発性ジスキネジアの症状発現に関与し得る薬剤処方をその時点で中止する必要もあろう。
 また、それとともにアキネトン○Rなどの抗パーキンソン剤の処方追加も要考慮となろう。
〈結果〉
 弁護士を介して、患者側に医療過誤がなかったことを伝えたところ、クレームが途絶えて久しくなったため、立ち消え解決とみなされた。

ページの先頭へ