『開業医医療崩壊の危機と展望』 を読んで ― 医療とは患者さんの人生との対話である  PDF

社会医療法人社団三草会クラーク病院リハビリテーションセンター顧問
岡本 五十雄

 本書では、日本の国民皆保険制度の優位性、しかし、新自由主義により、医療が蝕まれていく過程の中で保険医が果たす役割について述べられています。
 具体的には、国民皆保険制度により、患者さんは「いつでも・どこでも」高い水準で、必要な医療を受けられるようになり、それも低コストで良好な健康水準を維持し、世界に誇れる医療サービスが提供できています。世界一低い乳児死亡率、世界に誇る長寿国であり健康意識が高いことは、日本の開業医の果たしてきたことが大きいこと、しかし、新自由主義により、企業利益のための労働者の賃金削減、非正規労働者の雇用、企業の法人税、社会保険の負担の軽減、弱小産業、農業に対する保護の撤廃に進み、地方財政の大削減が行われ、医療に対しても、不採算部門は切り捨てられ、過疎地や地方は見捨てられ、病院の統廃合、保健所の縮小や人員削減が行われてきたことを述べています。
 この結果、医療に余裕がなくなり、コロナ禍の中で医療崩壊を起こしかねない大きな問題を生み出しています。また、在院日数の縛りの中で、よい医療をしようとしてもこころにも余裕がなくなっています。
 私は、長い間、脳卒中患者さんの障がい受容「現在の障がいのある状態、これが自分であると認められること」について研究してきました。その結果、受容者には人生に満足(人生の受容)し、経済的に安定している患者さんが多いのです。豊かな人生には障がいを受け止められるこころの余裕が生まれ、逆に、厳しい人生を経てきた人は、「どうしてこんなことが自分に起こるのか」と悔しい思いをします。これらのことから、医療とは患者さんの人生との対話であると実感してきました。
 辻俊明先生は、本書で「良き医療者は病人と一緒になって本当の幸福を追求できる。家庭や職場、生育時の環境が疾病の一因になっている場合、良き医療者はそれらを突き止め、対処することができる。患者の置かれた社会的背景を考慮しつつ、最善の医療を選択できる」と述べています。まさに、患者さんと結びつき、人生との対話をしているのです。開業医の皆さんもそのようにしています。とても重要な役割です。地域と結びつき患者さんと苦楽をともにする先生方がいて、皆保険制度が存続する限り、医療崩壊をくい止め、新しい時代を築いていくことができると確信しています。
 本書は、全ての医療従事者が手にとって読むべき一冊であります。

プロフィール
1968年 札幌医科大学卒業、82年 勤医協札幌丘珠病院勤務、2000年~07年 札幌医科大学医学部臨床教授、08年 ひまわり会札樽病院勤務、18年 三草会クラーク病院勤務。
現在、クラーク病院リハビリテーションセンター顧問。

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