「あずみの里」判決から学ぶ 福祉の後退と現場の萎縮を回避 署名へのご協力に深謝 医療安全対策部会 宇田憲司  PDF

 特別養護老人ホーム「あずみの里」入所者85歳女Aがドーナツの誤嚥から窒息死した。配膳した准看護師Bが業務上過失致死罪に問われ、第1審で罰金刑20万円(長野地判平成31・3・25)とされた。上訴し無罪判決を勝ち取るべく、本会会員に支援の署名活動をお願いし、控訴審では破棄・無罪(東京高判令和2・7・28)で上告なく確定した。ご厚情を深謝し事件の概要を報告する。
 Aは、アルツハイマー型認知症、要介護4で2013年10月23日に入所した。義歯の所持なく全粥・きざみ食と、おやつは禁物なしの常菜系とされた。栄養調査では、食事摂取は自立、むせなし、誤嚥リスクに要対処とされた。
 先行入所時は、「食事、ひとりでできる。口の中に詰め込みすぎるため見守り必要。一品ずつ少量・小分けして出し様子見。声掛け必要」「嚥下、むせが度々あり、お粥、副食は刻み食にしてトロミを付け(飲水にはなし)飲み込める」「スプーンだと詰め込むので箸で」などの状況だった。
 今回、10月24日看介護記録で「朝食全摂取、ストロー吸水でややむせ、おやつのサンドパンは義歯なく咀嚼せず、口から出さすと元の形のまま、丸呑み傾向」など、12月5日看介護担当会議で「おやつは刻みトロミ対応のゼリー系に6日から変更」とされた。
 同月12日、午後の間食に入所者17人が食堂に集まった。3時10分Bが来て、Aがゼリー系に変更されたとの認識なくドーナツを配り、他の入所者の食事介護を始めた。3時15分頃別の介護者にAが椅子の背もたれによりかかり体を左に傾け左手を下げ顎が上がった状態を発見され、左手は紫色で意識なく、ドーナツ皿は空で、牛乳は減っていた。Bは、その間Aがむせたり咳込んだりするのを聞かなかったが、窒息を疑い、口腔内の舌上のドーナツ片を指で取り出した。呼吸および脈拍は停止していた。吸引するとチューブには鼻腔・口腔からの吸引物なく、心臓マッサージと酸素吸入をした。3時40分頃救急車が到着し、意識・呼吸・脈拍なく、救急隊員が口腔内などを再検し、声門の閉塞なく、手前のドーナツ片を鉗子で除去し、気管内挿管およびアドレナリン投与して心拍再開し、C病院に搬送され入院し、気管内挿管された。翌2014年1月16日に死亡した。死因はドーナツ誤嚥による窒息死と診断された。
 検察官は、(1)主意的訴因は、間食としてドーナツを摂取する際にAを注視して窒息を防止する義務に違反して死亡させたとし、(2)予備的訴因は、間食の配膳時に、提供する間食の形態を確認して窒息事故等を防止すべき義務に違反して誤ってドーナツを配膳し死亡させたとした。
 裁判所は、Aは入所後に一度むせることもあったが、摂取時、Bは全介助者を介助しながら横に坐し、むせなども聞かず、背を向けていた時間もそれほど長くはなく、全介助者の介助をいったん止めてAの動静を注視する義務まではなかったとして、(1)の過失を否定した。次に、入所者には食事の形態により誤嚥・窒息を起こす危険を有する者がおり、ゼリー系間食の者に常菜系間食を提供すれば誤嚥・窒息死の可能性は予見でき、療養棟日誌にも「おやつ刻みトロミ対応へ」などと申し送り事項の記録があり、これを知りドーナツではなくゼリー系間食を配膳しておれば誤嚥・窒息は回避できたとして(2)でBの過失を認め、罰金刑20万円とした。
 控訴審では、原審が「ゼリー系間食の者に常菜系を配膳した場合、誤嚥・窒息により死亡が生じる」とする予見可能性は、刑法的にみれば、広範かつ抽象的なもので具体的なその内容・程度の検討を欠き、それによる結果回避可能性を特定できず破棄・無罪と判決した。予備的訴因(2)には、ゼリー系間食への配膳変更は、介護資料にのみ12月5日の記録として記載され、翌日6日以降に遡って確認しておれば知り得たとするが、本件施設の65人分を併せると相当な量になり、遡って全て確認する義務までは肯定できぬとした。
 遺族とホーム開設者との間では2014年すでに民事的に和解が成立した。

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