鈍考急考 11  PDF

原 昌平 (ジャーナリスト)
「自分たち政権」が残したこと

 7年8か月は長かった。
 持病の悪化を理由に辞任表明した安倍首相。彼は日本の政治、行政、社会、経済に何を刻んだのだろうか。
 過去の自民党の首相と違ったのは、自分の応援団を築いたことだ。極右雑誌は安倍礼賛の特集を何度も載せた。SNSを介してネトウヨが増え、批判者を攻撃した。
 安倍首相はそれらの勢力を助長し、何があっても揺るがない岩盤支持層にした。
 あることが事実かどうか、主張が良いか悪いかではなく、味方か敵か、有利か不利か、好きか嫌いかという感覚的言動が広がった。
 社会の「分断」である。敵を作って攻撃する手法は小泉元首相や維新が先だが、安倍首相はむしろ味方を作り、その味方が対立者を攻撃した。
 やがて応援団やお友達を優遇し、批判者を冷遇するようになる。小選挙区制の選挙を重ねて自民党議員を制御し、内閣人事局で人事を握って官僚もへつらわせた。
 「不公正」は森友、加計、桜を見る会などで厳しく問われたにもかかわらず、コロナ対策の持続化給付金やマスク配布でも見え隠れした。
 追及されても政権はまともに説明せず、隠蔽や虚偽答弁を繰り返した。公文書の改ざんまで行われた。「誠実」が政府・公務員から失われた。
 「法秩序」も壊した。集団的自衛権をめぐる内閣法制局の憲法解釈を長官人事で変えた。野党から憲法の規定に基づく国会開会を要求されても拒んだ。東京高検検事長の定年を強引に延長した。
 以上をまとめると「自分たちのための政府」にした感がある。疑惑が表面化しても強弁して封じ込め、権力を維持するためにあらゆる手段を用いる。ひらたく言うと「私物化」で、国民みんなのためという建前が薄れてしまった。
 一方、政策はどうか。金融緩和、財政出動などによる円安誘導、株価つり上げは、輸出大企業を中心に業績を上げ、雇用情勢は改善した。
 賃上げ要請、給付型奨学金など野党側の政策も取り込み、必ずしも右派的でない経済社会政策を進めた。
 安保・外交ではアメリカの言いなりだが、必ずしも財務省の言いなりにならなかった点は、従来の政権にない功績かもしれない。
 民主党政権がリーマンショック後の不況を受けて発足したのに、矛先を官僚と財政のムダに向け、最後は財務省の意向通りに社会保障抑制・消費税アップという緊縮政策を掲げて失敗したことを教訓にした面もあるのだろう。
 しかし経済成長や産業育成は進まない。求人は非正規が多く、社会保障の抑制で国民生活は苦しい。再度の消費増税で景気が下向いたところへコロナ禍。対応に右往左往し、能力不足を露呈した。
 次期首相が確実になった菅氏は、「まったく問題ない」「指摘はあたらない」と記者会見で鉄面皮に突っぱねてきた。過去のスキャンダルの追及封じが最大の役割だろう。
 陰の工作者、強圧的という印象がつきまとうが、すぐに総選挙をやれば、安倍氏への飽きと病気辞任への同情、新しいトップへのご祝儀相場で勝つのかもしれない。

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