医師が選んだ医事紛争事例 123  PDF

緊急冠状動脈バイパス術が奏効せず心筋梗塞で死亡

(70歳代女性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は、胃痛、背部痛を訴え本件医療機関の消化器内科に受診した。胸腹部CTでは胆石と冠状動脈の石灰化像がみられ、腹部エコーで胆石が確認された。その後、循環器内科に紹介。左冠状動脈入口の病変進行による虚血症状の進行があり、患者の承諾の上、冠状動脈のカテーテル検査が実施された。ガイドワイヤーを左前下行枝(left anterior descending artery:LAD)に通過させ血管内超音波検査(intravascular ultrasound:IVUS、血管内エコー法)を行ったところ、左前下行枝入口部に高度の狭窄があり、狭心症症状が出現した。左回旋枝(left circumflex artery:LCX)をガイドワイヤーでプロテクトし、左前下行枝の近位部を3・0㎜のバルーンで拡張した。同部に冠状動脈ステントの留置を試みたが、左前下行枝入口部の石灰化のため、挿入できなかった。ガイドワイヤーをサポートワイヤーに交換したがそれも挿入できなかった。そこで、2重ガイドカテーテルとして小径カテーテルに変更して左前下行枝に挿入し、ステントの植え込みをしたところ、血流低下が生じた。そのため、大動脈バルーンパンピングを挿入して、血管内エコー法でみると、同入口部の拡張が悪いため、4・0㎜のバルーンで拡張した。その後、胸痛が出現して左回旋枝に閉塞がみられたため、ワイヤーを再度通過させるとそのフローがdelayで改善したが、バルーンが通過せず、右冠状動脈(right coronary artery:RCA)が本件ではすでに閉塞状態を呈していた可能性もあり、その上に左前下行枝、左回旋枝ともに血流が低下した。左回旋枝の冠状動脈インターベンション(per-cutaneous coronary intervention:PCI)を継続するよりも経皮的心肺補助装置(percutaneous cardiopulmonary support:PCPS)挿入が先決と判断し、緊急冠状動脈バイパス術を施行した。術後に出血傾向が強く大量の血液製剤を必要としたが、約1週間後には経皮的心肺補助装置を離脱することができた。ところが、その6日後に血圧低下、アシドーシスの進行を認め、さらにその2日後に急性冠状動脈閉塞、陳旧性心筋梗塞で死亡した。
 患者側の主張は以下の通り。
 ①生命に関わる医療行為であるので患者と夫だけでなく、患者の息子と娘にも事前に説明をすべきであった②複雑な血管であったにもかかわらず、医師は無理をしてカテーテル操作を続行した。その判断と手技に過失を疑う③患者が死亡して、その調査が終了する前に医療費を請求するのは道義的に問題がある④慰謝料として数千万円を期待する―であった。
 医療機関側は、検査等の事前の説明と承諾に関しては、子息らの確認を得なくても患者本人と夫のみで十分と考えた。カテーテル検査実施については、左冠状動脈入口の病変進行による虚血症状の進行があり必要と判断し、緊急冠状動脈バイパス術については左前下行枝と右冠状動脈への血行再建の適応があったもので、治療時に血行再建の必要性を説明し、カテーテル治療を2回に分けて、施行することをそれらのリスクをも合わせて説明した。早期治療が適していると考え、セカンドオピニオンは勧めなかった。手技に関しても問題はないとして、医療過誤を否定した。
 紛争発生から解決まで約2年7カ月間要した。
〈問題点〉
 左前下行枝の近位部、入口部病変なので、左冠状動脈主幹部(left main trunk:LMT)へのまたぎステントはまず必要である。冠状動脈バイパス手術(coronary artery bypass grafting:CABG)の選択もあるが、充分説明した後、冠状動脈インターベンションを選択したことは妥当であった。また、左回旋枝をステントがまたぐため、一時的にステントjailで左回旋枝の血行が悪くなることはよくある。しかしその後、ワイヤーをリクロスして、またバルーンでの拡張が円滑に行かなかったことが、合併症を引き起こしたと考えられる。また病変部位へのステント留置が困難であり、子カテーテルまで使ったことが何らかの血管への障害、ひいては血栓形成につながったと思われる。同時に、左前下行枝の中間部が解離から血流低下を招いたことも、致命的な合併症につながったと考えられる。適応判断の誤りや明らかなカテーテル操作のテクニカルな問題とも考えられず、起こり得る合併症が立て続けに起こったものと推測された。
〈結果〉
 医療機関側が、過誤がないことを医学的に患者側に複数回説明したところ、患者側のクレームが途絶えて久しくなったので、立ち消え解決とみなされた。

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