六十の手習い 﨑長 靖生(福知山)  PDF

 55歳を過ぎて楽器(サクソフォン)を始めた。この頃から「定年」という言葉が脳裏をかすめるようになった。それまでは日常の忙しさを理由にして先のことは考えなかった。60歳という節目を前にして、人生の下り坂が少し急になったのを感じるようになった。あと5~6年で定年ということになったとき、ふとこれからの生活を考え始めた。
 書店に行くと何冊もの定年に関連した本が並んでいる。どの本も50歳頃から準備をすることを勧めている。少し遅い感じがした。しかし、勤務医ならば我儘を言わなければそれなりに仕事を続けられる気もした。いわゆる、第二の人生はまだまだ先のことである、と。
 こうして「定年」のことを考え始めると妙に気になり、「何かしないと…」、不安が大きくなってきた。今まで長い間、無趣味で生きてきたので急には何をしたいのかわからない。子どもの頃、近所の画家の家で絵を習わされたが、続かなかった。今でも時々展覧会に行ったりはする。中学生の時、吹奏楽部でトロンボーンをしていたが、後は続けていない。陶芸教室にも少し通ったことがあるが、今の環境ではできそうにない、などと色々考えた挙句、お手軽に始められる楽器(サクソフォン)を習い始めた。週1回夜にレッスンを受けることになった。その日が来ると何となく落ち着かない。気持ちが高ぶってくる。長く音楽と無縁の生活だったので、レッスンの帰りはほぼ毎回落ち込んでしまう。褒められることは滅多にない。音感のなさ、歳のせいで指が動かない、リズム感がなく、スイングというより、阿波踊りのリズムになってしまい、嫌悪感にさいなまれる。「何事も訓練、経験だから」と励まされながら、いつかはベン・ウェブスターやケニーGのような美しい音を奏でることができることを夢見ながら練習を続けている。

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