鈍考急考9 原 昌平 (ジャーナリスト)  PDF

「世帯」って何ですか ?

 ウイルス感染症の流行は誰も望まない災難だが、それに伴って人々が、“常識”に疑問を持ち始めたこともある。
 紙の書類にハンコをつく必要はあるのか、職場へ通わなくても仕事はできるのではないか、テレビのスタジオに人を集めなくてもリモート出演で足りるかも……。
 筆者が気になっているのは「世帯」である。
 コロナ禍の生活経済対策として政府が当初考えたのは、所得が大幅に減った世帯に限って1世帯30万円を支給する案。批判や異論を受け、住民登録のある全世帯に1人あたり10万円を支給する特別定額支給金に変更された。
 ただし、世帯主が申請してまとめて受け取る方式。DVで避難した人は、保護命令や支援機関の確認書などがあれば別に受給できるが、逃げる前なら世帯主が受け取る。
 不仲で別居中の人の分も、入院・入所中の人の分も、住民票が同じなら世帯主へ。勝手にギャンブルなどに使ってしまうこともあるだろう。
 そしてアベノマスクは人数に関係なく1世帯2枚。世帯単位の給付ってどうよ、という声が上がるのは当然だ。
 そもそも世帯とは何か。正確に答えられる人は公務員を含めて皆無に近いだろう。
 というのは、スッキリした答えが存在しないからだ。
 一般的には、住居と生計が同じ親族が1つの世帯というイメージかもしれない。
 しかし住民登録は、同じ家に暮らす親族でも別世帯にできる。逆に、赤の他人でも同一世帯にできる。世帯主も変えられる。進学や仕事で別の生活場所ができても住民登録を移すかどうかは自由。東京で生まれ育った世襲政治家が選挙区に住民票を置いていても、とがめられていない。
 他の法律・制度にも世帯の用語や概念は登場する。ところが、意味はまちまちだ。
 医療保険上の世帯は、同じ保険者の保険に属する人。夫婦でも、それぞれ働いていたり片方が75歳以上だったりすると、別世帯になる。
 介護保険は個人加入だが、65歳以上の人の利用者負担割合は、住民票の世帯内で65歳以上の人だけの収入状況を合計して判定する。
 障害者の自立支援医療の負担限度額は、医療保険上の世帯の住民税額で変わる。同じ法律に基づく障害福祉サービスの負担上限額は、本人と配偶者だけの所得で決まる。
 生活保護制度上の世帯は同一生計を意味するが、長期入院・入所者は分離でき、同居でも大学生は分離される。
 年金、税金は個人単位で、そこに親族、扶養、生計維持などの関係性を加えて適用する。医療費控除は生計を共にする人の合計額で決まる。
 そういう違いがあるのに、役所の説明文は「世帯」としか書いていないことが多く、ややこしくてしかたがない。
 民法に親族の規定はあっても、世帯の概念はない(旧民法は家制度が軸だった)。
 現実の家族形態は、核家族化どころか、単身化が進み、ひとり親、同性パートナーなど多様な形が増えてきた。
 様々な制度を、個人単位にして関係性を加味する形に組み替えることを、本気で考える時期ではなかろうか。

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