医師が選んだ医事紛争事例114  PDF

キャスト・ブリッジを入れ歯と間違えて

(50歳代後半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は右脳内出血で救急搬入された。手術適応と判断されたので、術前処置として入れ歯を外す必要があり、看護師が患者の歯列を確認して脱着型の入れ歯と判断したが、実際は入れ歯ではなく上歯一体のワンピース・キャスト・ブリッジ※であった。看護師がキャスト・ブリッジを外す際に、患者の意識レベルはJCSⅡ-30で本人に確認ができず、家族もいなかった。
 患者側は、キャスト・ブリッジ代を賠償責任保険で補償すべきとの意向を示した。患者はA医療機関へ転院したが、左上半身麻痺が残り、職業であるタクシー運転手は続けられないとのことだった。
 医療機関側としては、入れ歯であれば、事故防止の観点から外す必要はあったが、実際にはキャスト・ブリッジであり、また、そのキャスト・ブリッジを外した際に出血もせず容易に外れたことから、過誤の有無について当初は判断がつかなかったが、患者側には道義的謝罪を行った。
 紛争発生から解決とみなせるまで約2年間を要した。
〈問題点〉
 写真で実物を確認したが、通常の螺子式のインプラントではなく、キャスト・ブリッジであった。看護師の行為は救急患者に必要なものであり、看護師のテキストにもガイドラインにも、入れ歯とキャスト・ブリッジの違いに注意するべきとする記載はなかった。さらに、患者の意識レベルがJCSⅡ-30で本人からの確認ができず、家族もいなかったので、確認の方法はなかった。したがって、今回の案件は、当該看護師にとって予測不能であり、医療過誤は認められなかった。看護師は事故当初に、患者側家族に対して、賠償責任保険に加入しているので、補償できる旨を伝えたとのことだった。
〈結果〉
 医療機関側が、過誤のないことを患者側に説明したところ、患者側のクレームが途絶えて久しくなり立ち消え解決とみなされた。
 今回の看護師の対応を含め、医療機関側からは、賠償と無過失補償の違いをはじめとした、加入している損害賠償責任保険の話を、当初から不用意に患者側に伝えない方が良いと考えられる。

 ※ワンピース・キャスト法は、複雑な形態の補綴装置を1回の鋳造で製作する方法。強度に優れている。数歯にわたるブリッジなどを1種類の金属で製作する場合などにワンピース・キャスト法が行われる。

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