★私の趣味 日本一長い路線バス 奈良県橿原市~十津川村~和歌山県新宮市 辻 俊明(西陣)  PDF

 高速道路を使わない路線では日本一の走行距離を誇る路線バスが、奈良県にあるという。テレビで偶然知り、すぐにでも乗りたくなった。こう思うのには過去の心残りが関係している。かなり前、学生時代になるが、当時京都発、出雲行きの夜行の各停列車が走っていた。これで出雲に行こうと計画を練っていたところ、ダイヤ改定でその路線がなくなってしまったのである。ぐずぐずしていると同じ轍を踏みそうな予感がしたので、今回は直ちに実行することにした。
 全長166・9㎞、停留所の数167、一日3便、奈良交通の八木新宮線は近鉄大和八木駅(奈良県橿原市)とJR紀勢線新宮駅(和歌山県新宮市)を結ぶ。所要時間は6時間30分、5250円、途中3回休憩、リクライニングなし。秋の平日、9:15大和八木駅発、15:47新宮駅着のバスに乗った。
 橿原市の市街地を抜けると、ほどなく奈良、和歌山の境にある山の中に入る。ここから先はずっと川沿いの山道。バス一台がやっと通れるくらいの狭いところもある。昼過ぎに2回目の休憩があり、十津川村にある日本有数の長さを誇る吊り橋「谷瀬の吊り橋」の最寄りで20分間停車する。清流にかかる吊り橋は長さ297メートル、高さ54メートル、急げば往復できる。渡ってみるとよく揺れるし、狭くてすれ違いにくい。早く進みたいが前に人がいる。立ち止まって記念撮影している人もいる。時間が迫ってきたので結局向こう岸までは行けず、途中で引き返すことに。なんとも中途半端な休憩時間だ。
 バスは十津川沿いをさらに南へ進む。ゆうゆうと水は流れ、ゆるやかに景色は移ろい、ゆったりと時は流れる。それらの流れに身をゆだねていると、ふと心の中に、忘れかけていたあの頃の気持ち、出雲に行こうと思っていた頃に抱いていた鮮やかな感情が蘇る。それは期待と情熱のまざったもの。これは自分探しの旅、あるいは熊野霊場目指して座り続ける修行の旅である。
 道中には、世界遺産「熊野古道」で知られる熊野本宮大社や川湯、湯の峰温泉などの名所があるが、車内アナウンスがあまりないからよくわからない。地元の人が数停留所乗っては降りていく。この路線が人々の生活に根ざしていることが良く伝わった。
 予定通り15時47分、新宮駅に着いた。このバスは地域に密着し、山間の人々の暮らしを支えていた。また旅行者にはエンジンの心地よい振動と、時間も気にせずボーっと過ごす贅沢なひとときを与えてくれた。運転手さんはこれらの重責を全区間一人で担っていた。仕事とはいえ頭が下がる。バスを降りるときには忘れず言おう、「本日は大変お世話になり有難うございました」。

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