★新理事者随筆 忘れ得ぬ症例 〝寄り添い〟心に刻み 上田 和茂(東山)  PDF

 顔面けいれんという病名(症候名)をご存知でしょうか。「今日の治療指針」にも掲載されたことがある病名で、顔面の一部に生じる不随意運動のことを言います。顔面神経が発症に大きく関係しており、これをきっかけに頭蓋内の血管病変や脳の腫瘍がみつかることがあるとされています。私は医学部を卒業して30数年になりますが、はっきりとこの病気であるとわかった方はおひとりだけです。
 学生時代、がんの診療に携わりたいと考えていた私は、医学部を卒業したあとすぐに大学院に進み、内科学と病理学(腫瘍病理学)の両方を専攻させていただきました。大学院を卒業したあと、1年間病理学の助手をさせていただいた後、山科区にある民間病院に勤務させていただきました。担当する専門領域として肝臓、消化器内科を勉強させていただきましたが、当時の理事長の方針で、専門分野だけでなく広く内科全般の診療をさせていただきました。
 そのときに担当させていただいたのが、40代の女性の患者さんでした。オーベンの先輩の助言で、顔面けいれんと診断し、頭部CTを撮像したところ脳の占拠性病変がみつかり、その後の検査とあわせ肺がんの脳転移と診断しました。他院の脳外科で手術を受けられたあと、再度入院され化学療法を受けられましたが効果は十分には得られず、たしか診断から2年もたたずに家族の方に囲まれながら亡くなったと思います。
 再入院されて化学療法を受けていただいていた頃だったと思いますが、担当医の私が若手で転勤が多いと思われたのか、ベッドサイドで“私が死ぬまでここに(この病院に)いて下さい”とおっしゃいました。当時の私には大変重い言葉で、どう返答したかを思い出すことができません。もしかしたら、黙っていてはいけないと焦って、うわべだけの慰めの言葉をかけてしまったかもしれません。
 現在、私は第一日赤で緩和ケアを担当しており、同じような状況が起これば、今ならもう少し良い寄り添い方、受け止め方ができたのではないかと思い、この場面を思い出すたび、今も申し訳ないような気持ちになります。

ページの先頭へ