死んでたまるか4 ただいま、リハビリ奮戦中 覚醒 垣田 さち子(西陣)  PDF

 深昏睡であっても脳は活発に動いていた。なんと閻魔様にもお会いした。これも幻視なのか。昔、子どもたちとよく読んだ絵本のままの閻魔様に向かって、土下座しながら「やるべきことはやったと思いますが、身辺整理がまだ残っています。もう少しだけ生かして下さい」とお願いしていた。三途の川を渡らないと閻魔様には会えないはずだが、一足飛びに行ってしまったのかも。六文銭も持っていなかったのに。
 「これで死にたくない」と願いながら、一方では「あの時おしまいにしといたら楽やったのに」と、この先何度も思うんだろうなと、極めて冷静に考えてもいた。
 覚醒は、少しずつ細切れに、部分的にやってきた。
 集中治療ベッドに横たわる現実の自分の状態を把握することが第一だ。引き戻してくれたのは、医師、看護師等の医療チームの“人”だった。人の気配を感じ取れる環境に置いてもらえたことが決定的だった。いつも誰かが「見守ってくれたはる」という安心感は有り難かった。そして、緊張感を持って忙しく立ち働く人々の、活気に満ちた医療現場の風景が、私には大きな励ましになった。うっすらと目を開けられるようになり、視力は失われていないことが分かった。有り難い。まず目に入ったのはベッドサイドに佇む医師達の姿だった。いつもそこにおられた気がした。そして、子ども達が一人ひとりやってきて足下のモニターの前に立ち、肩を落して涙を流す姿には堪えた。可哀想に。やっぱりここで死ぬわけにはいかない。まだまだすることがあるのだ。
 「JCS300やったんやで」と娘の報告。「脳幹出血でした」と息子の報告。私は脳梗塞後出血ぐらいかと勝手に思っていた。というのも、10年ちょっと前、心房細動で動けなくなってアブレーションを受けた既往歴があり、脳梗塞の可能性はいつも気に掛けていたつもりだった。しかし、脳出血とは。しかも脳幹部。よくぞ助けて下さった。ありがとうございました。
 目が覚めたと言ってもすっきり分かる訳ではなく、プールの底に沈んでいるような、何重にも薄い膜でくるまれているような、身動きできないもどかしいしんどさである。身体全体がドーンと重い。視力は保たれたが、激しい眼振があり像が結べず見えているとは言い難い。
 右耳の聴力は大丈夫のようだが、左はダメだった。聴力の問題というより耳鳴りというか、銅鑼を重ねて叩くような大きな音が休みなく頭の中に響いていた。話しかけられても耳鳴りが邪魔をしてその声が聞き取れない。生還は果たせたが、大きな障害が残った。

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