診察室 よもやま話 第11回 飯田 泰啓(相楽)  PDF

紹介状

 これまでから、風邪などの時によく受診されるTさんが、不機嫌そうな顔をしながら診察室に入ってこられた。
 「今朝から、動くとドキドキするのです」
 いつも大きな声ではきはきと話をされるTさんだが、今日はいやにおとなしい。
 「なにか、胸が変なのです」
 「そうなのですか」
 血圧や脈拍、心音や呼吸音では異常はなさそうである。
 とりあえず心電図を撮ってみた。STが上昇している。立派な心筋梗塞ではないか。
 「Tさん、心筋梗塞ですよ。すぐに、病院の循環器科に行って下さい」
 「やっぱり、心臓が悪いのですよね」
 「今朝、畑に行く途中で、胸がおかしくなって、帰ってきたのです」
 「かなり、胸の痛みがきつかったのでしょう」
 「何か変なので、そのまま総合病院に行ってきました」
 「診てもらえなかったのですか」
 「受付で紹介状がないと駄目だと断られたのです」
 2016年4月の診療報酬改定により、他の医院・診療所等の保険医療機関からの紹介状(診療情報提供書)を持たず、病院を受診した場合、初診時選定療養費がかかる。初期治療は地域の医院・診療所などで、高度・専門医療は病院で行うという医療機関の機能分担の推進を目的とした制度である。
 救急車で受診した患者など救急救命を要する患者は除外されているが、患者さんにも、病院事務でも救急かどうかの判断は難しい。病院としては時間内で外来受診された患者さんに余分の費用負担をしてもらうのは気が引ける。そのため、紹介状のない患者さんは一律にお断りする対応になっている。
 「Tさん、本当は結構、苦しかったのでしょ。救急車を呼べばよかったのに」
 「でも、救急車はむやみに呼んではいけないのでは」
 「いずれにしろ、紹介状を書きますから、今度は、救急車で病院に戻って下さい」
 地域の基幹病院に電話をして、事情を話して救急受診してもらった。
 病院では救急患者として受け入れて、早速、冠動脈造影検査の後で血管内治療をしてもらった。
 その後、病状が落ち着いたため、総合病院から逆紹介をうけた。そして定期的に私の診療所に通院されていた。
 「Tさん、調子はどうですか」
 「まあ、どこもしんどいところはありません」
 「この間、病院に行ってきました」
 「で、その結果はどうでしたか」
 「また、受付で断られたのです。以前、病院で診てもらった時に、また半年ほどしたら来て下さいと言われたのです。ですのに、受付で紹介状がないとだめだって」
 「次の予約が入ってなかったのですね」
 今回は、再診時選定療養費のことだろうか。再診時選定療養費は、患者さん自身の判断で引き続き病院の外来に通院する場合、または病院が他の医療機関へ紹介した患者さんが、紹介状なしに再度受診した場合にかかる費用である。
 「だから、またそのうちに紹介しますと言っていたでしょ」
 「でも、紹介状を書く手間もかかるので、ご迷惑だと思ったのです」
 「病院の先生も、いま飲んでいる薬も分からなければ診察できないでしょ」
 「そうなのですが」
 患者さんが、なかなか紹介してもらえないので、相談もなく受診したと思われる。早く紹介をしなかった私が悪かったと反省している。今回は、急ぐ必要もないので、循環器内科の予約をとって紹介状を渡した。
 病院を受診したいために紹介状を目的に受診される患者さんもある。救急車で受診した場合には選定療養費の必要はないと聞いて、わざわざ必要もないのに救急車を呼ぶ、救急でもないのに時間外になってから救急外来を受診するなどのモラルハザードも生じている。
 ひとつの制度を作ると、それに伴って制度の目的とは相容れない病院や患者の動きが出てくるのは当然と言えば当然と思える。

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