医師が選んだ医事紛争事例 102  PDF

信頼関係が壊れると…

(70歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
 当該患者は、帯状疱疹・慢性腎不全・脊柱管狭窄症術後で入院していた。意識は明瞭であった。
 事故時、ナースコールにより、患者自身からトイレで転倒したとの報告があった。看護師が対応したところ、左肘頭に直径3㎝程度の表皮剥離と滲むような出血が認められた。その他に異常は認められなかったため、創傷処置を行った。
 さらにその日の午後もトイレの入り口で転倒しているところを発見。右眼に腫脹が認められ、右頬、右手甲、左肘に外傷があったため、CT検査を施行。翌日にポータブルトイレを設置した。その後、当該患者は目が見えにくくなり、ふらつきが認められた。
 2回の転倒前から看護師は転倒予防のためにも30分ごとに見回りを行っていた。転倒後は予防策として、病室にポータブルトイレを設置したことを他の看護師も確認していた。ところが、見回りの看護師が、当該患者が廊下で転倒しているのを発見。右眼・右鼻腔の出血を認め、両上肢・下肢の衣服にも血液が付着していた。意識の低下はなかったが、再度CT検査をしたところ、頭蓋内出血、頭蓋底骨折が判明し、別のA医療機関に救急車で転送した。
 患者側は、物が二重に見える後遺症が残った。また、事故当初は病室にポータブルトイレがあったことを認めていたが、その後トイレは設置されていなかったと前言撤回。ポータブルトイレが設置してあれば3回目の転倒は回避できたとして、医療機関側の管理責任を追及し調停を申し立てた。
 医療機関側としては、ポータブルトイレは設置してあり、患者の証言は事実誤認とした。入院当初から意識レベルに問題はなく、認知症でもなかったことから、転倒に対する細心の注意が必要な患者でもなかった。
 また、退院時に患者から預かっていた荷物(現金数十万円、その他預金通帳等の貴重品含む)を返却したが、患者側から返却してもらっていないとのクレームがついた。上述の事故ですでに医療機関と患者の信頼関係は壊れており、この問答も平行線をたどった。荷物は結局見つからなかった。
 紛争発生から解決まで約1年4カ月間要した。
〈問題点〉
 ポータブルトイレの設置について、医療機関側と患者側の意見が全く異なっているが、看護師2人がトイレは3回目の転倒前にすでに設置してあったと証言している。さらに、患者自身の事故当時の記憶も曖昧な点が見られることから、トイレは設置されていたと判断してよいのではないか。3回目の転倒時の廊下の状況を確認したところ、床は特に濡れてはおらず、廊下が特に暗かったこともなく、障害物もなかったため、転倒は患者の自己責任によると思われる。
 したがって医療過誤を認定する理由はない。なお、医療費が未納となっているが、毅然とした態度を患者側に取るべきであった。
〈結果〉
 調停の場において、医療過誤は認定されなかったが、紛失した所持品は医療機関が責任を取らざるをえず、弁償することにより和解した。
 貴重品等は預からず、患者が管理することが基本だが、万一預かる場合は預かったことや返却したことがわかる管理体制が必要だ。

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