診察室 第4回 よもやま話 飯田 泰啓(相楽) 訪問リハビリテーション  PDF

 悲しいことだが、年をとると身体のあちこちにガタがきて転びやすくなってしまう。筋力が落ち平衡感覚が鈍くなってバランスを崩す。目が見えにくくなって足元の段差に気が付かなくなる。そして注意力がおろそかになり、自宅でも同じところで何度も転ぶようになってしまう。
 我々の地域では多職種連携研修会を定期的に開催している。その研修会の後で、顔見知りのケアマネジャーに呼び止められた。
 「先生の診ておられるKさんが、また転倒して膝の骨にひびが入ったのです」
 「えぇ、この間は前腕の骨折とかで、ギプスを巻いて受診されていました。またなのですか」
 「そうなのです。それで訪問リハビリを入れたいのです。介護保険の区分変更申請を出しましたので、主治医意見書をお願いします」
 「二カ月前に、主治医意見書を書いたばかりですよ」
 「そうなのですが、その時の認定は要支援1だったのです」
 「それで」
 「これまでは整形外科のリハビリが使えたのですが、今回のリハビリは介護保険でないとできないようなのです。区分変更で要介護となると良いのですが」
 Kさんは、八十歳代後半の女性である。数年前には尻もちをついて腰椎圧迫骨折で入院している。今回は、在宅療養で回復するとの整形外科の診断である。
 要支援1のKさんは、医療保険の訪問リハビリは原則利用できない。そして、要支援1では十分なリハビリ時間が確保できないので区分変更申請となったようである。
 「まあ、状態が悪くなっているのなら、区分変更も仕方ないですね。書類が届いたら書いておきますが…」
 私がよっぽど嫌そうな顔をしていたのだろうか。
 「私たちケアマネジャーも制度に振り回されています。その都度、利用者さんのアセスメントをしてケアプランを書き換えて、サービス事業所を手配してと大変なのです」
 「そうですよね。私も介護保険発足時にケアマネジャー試験を受けたのですよ」
 「今は、ケアマネの仕事はされてないのですか」
 「二~三例はケアマネの仕事をしたのですが、忙しくてとてもできませんでした」
 「そうですよね」
 「それに、保健所からは書類や掲示物の監査に来るわで、馬鹿馬鹿しくなって止めました」
 「今ではケアマネ資格の更新も大変なのですよ。更新の度に八十八時間の研修がいるのです」
 「それは大変ですね。資格を維持するための負担が増えて、本来のケアマネジャーの仕事ができないじゃないですか」
 「私なんか、施設の管理者ですので、主任ケアマネジャーの更新研修がさらに七十時間必要なのです」
 発足から十九年目を迎えて介護保険制度は複雑怪奇になっている。とりわけ団塊の世代が七十五歳以上となる2025年を控えて、社会保障費の削減は着々と進み、介護と医療の一体改革の名目で医療や介護への管理統制が進んでいる。
 一週間ほどして、主治医意見書記載依頼書が役所から届いた。そして、サービス提供事業者からは訪問リハビリ指示書記載依頼書が送付されてきた。
 これでKさんの訪問リハビリが軌道に乗って、老人車を押して自宅周りの散歩ができる程度にまで回復されることを願っている。
 介護保険が始まってやたらに書類が増えている。医師が記載するものでは主治医意見書、訪問看護指示書、訪問リハビリ指示書、居宅患者連絡票、介護職員等喀痰吸引指示書、施設利用の診断書など。ケアマネジャーからはアセスメントシート、居宅サービス計画書、居宅サービス利用票、サービス事業所からは訪問看護報告書、訪問リハビリ報告書などが月々送付されてくる。
 書類に圧倒される状況である。このような事務作業の多い制度設計では、本来の業務がおろそかになり、介護者が疲弊するのではないかと思ってしまう。

ページの先頭へ