丹後半島 心の原風景 第7話 辻 俊明(西陣)  PDF

四季を通じて楽しめる琴引浜

 春になると、いままで荒れていた琴引浜の海はおだやかになり、色も灰色から徐々に透きとおった青に変わる。寄せては引く波の音を聞きながら、砂浜に寝そべってネコのようにごろごろしていたい。波の音を聞くと心が落ち着くのは、太古の昔海にいた頃の記憶が心の奥に残っているからだろう。ここの砂浜には小さな野天風呂がある。しかしお湯は不定期に入れてあるだけで、入っていないことのほうが多い。またあまりにもむき出しなので、入る人を見かけることはほとんどない。
 夏は海水浴客が来るまでに琴引浜を楽しもう。シーズンになると駐車場が有料になる。美しく青き琴引。An der schonen, blauen Kotobiki。空気の一粒一粒に夏のエネルギーが満ちてくる。ミッドサマーになれば隣の八丁浜がいい。ここではオールナイトで人が遊んでいる。満天の星の下、愛を語るのもいいだろう。夏の夜のこと、あとで夢だと言える。
 秋は月を愛でる。満月の夜、真っ白な砂浜を歩く。明かりは月の光のみ。聞こえるのは鳴き砂のキュッキュという音。この浜の名前の由来は鳴き砂。中国の弦楽器の音色に似ているので琴引となった。鳴き砂は英語でミュージカルサンドという。やはり音楽を奏でている。みなもには月明かりの道が見えるかもしれない。暑くもなく寒くもなく、すべては溶けあって一体になる。これは、Moonlight walk on the beach という最高の贅沢。眠たくなったら眠ってしまうかもしれない。寝たいときに寝られる幸せ。琴引メロンも美味しいよ。
 冬はカニ。琴引浜の料理旅館・羽衣荘は岸壁の上、波打ち際からすぐのところにある。外は海風がきついが、館に入れば豪華なカニづくし、料理の最後はカニみその付いた甲羅に熱い日本酒を入れて飲むとよい。雪が降った翌日は砂浜に積もった新雪の上を歩こう。サクサクという音がする。観光本には載っていないが、鳴き砂の冬バージョンだ。また強風の降雪の中、アウトドア用品で身を固めて砂浜を歩くのも良い。冬山登山の醍醐味を味わえ、すこしだけ三浦雄一郎さんになった気分だ。
 ここは四季を通じて美しくておいしい。この地の人々にもここの良さを認識していただけたらと思う。自分も今住んでいる京都市の良さをしっかり認識しよう。鴨川、御所、大文字山、下鴨神社、詩仙堂、嵯峨野、嵐山。丹後も京都も美しいもので満ちている。それだけで十分幸せだ。

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