続・記者の視点 90  PDF

フクシマ ―― 進行性の傷と痛み
読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

 あれから8年。被災地のメンタルヘルスはどうなっているのか。原発事故の被害地である福島県の沿岸部、相双地方を訪れた。
 現地の医療・福祉関係者に話を聞いていくと、特徴的な問題が3つ浮かび上がった。
 第1に、PTSDなどのトラウマ反応である。現地のクリニックで精神科の診療にあたる蟻塚亮二医師によると、夜中に何度も目が覚める過覚醒、過去の記憶の侵入(フラッシュバック)、体の一部が痛むなどの身体化障害、やる前から「どうせだめだ」とあきらめる回避傾向、非定型のうつ症状、パニック反応、意識が飛ぶ解離などが見られる。
 揺れや津波などの物理的事象より、家族を助けられなかった後悔、避難や賠償金をめぐるいさかいなど、人間関係をめぐる体験がトラウマになっているケースが目立つ。
 そして心の傷を抱えた人は、別のつらい体験に遭うと雪だるま式にトラウマが膨らんで不調をきたす。年月を経て症状が現れることもある。トラウマ反応は、時の経過で軽くなるわけではなく、むしろ「進行性」なのだという。
 第2はアルコール依存。今のところ、そう多くはないようだが、つらさを紛らわせる酒、憂さ晴らしの酒、一人酒は、依存にはまりやすい。
 第3は、単身男性の閉じこもりである。高齢者より、50~60代の中高年男性に多い。仮設住宅を出て、復興住宅に移った人に目立つという。
 ほとんど外出せず、自宅で過ごしている。気にかけた近隣住民や社会福祉協議会の職員が訪問しても応答はなく、ドアを開けてくれない。メッセージを紙に書いて残しておくと、読んだ形跡はあるのだが、連絡は来ない。病的状態とは限らないが、一種のひきこもりである。
 なぜ、そうなるのか。
 まず考えられるのは、家族を失い、仕事を失い、土地を失った喪失感だろう。家庭や社会における「役割」をなくしていることも大きい。
 コミュニティーの崩壊も影響しているようだ。復興住宅は元の自治体ごとに入居することが多く、たとえば南相馬市に建てられた北原団地に入居したのは浪江町民が大部分だが、浪江町にも、いろいろな地区があった。団地の隣近所に住むのは、町民と言っても、知らない人々。新しい場所で新しい人間関係を築くのはストレスが大きい。
 もともと男性はSOSを出すのが下手で、おしゃべりが苦手な人も多い。
 北原団地では、女性たちが自主的にサロン活動を始め、季節の行事も催して交流を進めているが、男性は参加が少なく、心配だという。
 復興住宅に入居したら一件落着ということには、まったくならないのである。
 福島では広範囲の土地が放射能汚染で失われた。帰還困難地域の指定が解除された地域でも、生業と生活の利便は回復せず、簡単には帰れない。かつての住み慣れた地域が元に戻ることはけっしてなく、先行きへの不安と痛みが続く。それは「難民状態」なのだと蟻塚医師は表現する。
 230㌔離れた東京では、巨額の資金を投じてオリンピック準備が進められている。

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