天道是邪非邪 小泉 昭夫 環境汚染編1 重金属汚染と鉱物の不純物を「測る」 ことの大切さ  PDF

 本紙新春号に、鏡のことを書かせていただいたが、その後、多くの方から「本マモン? 贋作ちゃうの?」と辛らつなご意見をいただいた。この疑問に回答するには、鏡の金属の組成を分析するしかない。そこで、鏡面の辺縁一部から30㎎の金属を削り分析した。
 鉱石から金属を取り出すには、製錬と精錬の二つの工程が必要である。製錬された粗金属から不純物を除去する精錬技術が確立されたのは、アジア・ヨーロッパともに15~16世紀といわれている。したがって、製錬のみを経た古代の金属の多くは、不純物(ヒ素、水銀など)を含む。この一方、精錬技術の進んだ現代の金属では、不純物は極端に少ない。また、古代の青銅器は、銅―スズ―鉛ベースで形成されるが、16世紀の高度な製錬技術の進歩により亜鉛の利用が始まり、青銅器は銅―亜鉛ベースの真鍮にとってかわられる。
 ICP質量分析装置で得られた結果を見てみよう。図1の検体1は伝九州発掘の昭明鏡。検体2は貼銀八陵鏡、検体3は西域風の貼銀鳳凰鏡、検体4は金粒珠玉象嵌宝相華紋鏡。検体5は、現在の銅線である。表1に結果を示した。現代の銅線(検体5)は、微量の亜鉛とスズを含む以外不純物は極めて少ないことが分かる。検体1および検体4の亜鉛の含量は少なく、銅―スズ―鉛ベースである。さらに、検体1では前漢で始まった銀の添加がみられる。一方検体4は、高濃度の鉛と銀を含み、ヒ素と水銀も含んでいる。したがって分析結果でみる限り、検体1は前漢、検体4は唐代の制作年代と矛盾しない。一方、検体3は、亜鉛を多く含んでおり、真鍮に近い。不純物が多いことから、精錬法は、稚拙であり、近代のものとは思いえない。紀元前から亜鉛を用いていたのは、現在のルーマニアに住むダキア人であり、西域由来の鏡であるとすればつじつまは合う。しかし由来については保留としたい。一方検体3は、亜鉛も含みスズも含み、不純物は極めて少ない。しかし、金を含む一方鉛も含む。したがって、清代の複製品と考えたいが、保留。
 以上、鏡の分析から、金属の鉱石には、ヒ素や、水銀などの不純物が混入していることがわかる。多くの金属鉱山では、鉱石を採取するとそのずりから、不純物が環境に拡散することになる。これが、足尾銅山鉱毒事件、イタイイタイ病など歴史的に環境汚染を引き起こしてきた原因である。
 また、鏡の分析から、鉛が古くから多用されてきたことが分かる。さらに、骨董品につきものの胡散くささが、「測る」ことで軽減されることも分かる。環境評価も同じである。
 ちなみに、検体1は、寺町の骨董屋で10万円、他はYahooオークションで2~3万円の安物である。本物と思える美しい唐代の金粒珠玉象嵌宝相華紋鏡が、流通しているとは非常な驚きである。そういえば、東大の歴史の先生が、蓮如の書状をインターネットオークションで見つけたとNHKが最近報じていた。

図1 検体(青銅鏡写真)と測定番号
検体-1
検体-2
検体-4
検体-3
検体-5(銅線)

表1 検出した元素の簡易測定値(mg/L)

元素 検体1 検体2 検体3 検体4 検体5
ナトリウム 0.29 0.2 0.92 1.73 0.6
マグネシウム ― 0.06 0.07 0.45 ―
アルミニウム ― 0.11 1.98 0.62 ―
リン ― 0.56 0.62 ― 0.6
カリウム ― ― 0.69 0.76
カルシウム 0.72 55 0.64 2.42 0.55
マンガン ― ― ― 0.16 ―
鉄 0.21 1.52 13.8 27.1 0.12
コバルト 0.49 ― 0.27 0.15 ―
ニッケル 1.14 0.88 9.84 0.91 ―
銅(Cu) >1000 >1000 >1000 >1000 >1000
亜鉛(Zn) 0.31 39.3 159 1.61 0.08
ヒ素 ― ― 0.69 0.48 ―
イットリウム ― ― 0.16 ― ―
銀 0.32 ― 4.06 1.49 ―
スズ(Sn) 8.12 131 3.96 30.3 0.08
アンチモン ― ― 0.1 0.31 ―
ランタン ― ― 0.21 ― ―
セリウム ― ― 0.48 ― ―
プラセオジム ― ― 0.07 ― ―
ネオジム ― ― 0.27 ― ―
サマリウム ― ― 0.05 ― ―
ガドリニウム ― ― 0.05 ― ―
金 ― 0.08 ― ― ―
水銀 ― ― 1.75 1.55 ―
鉛(Pb) 73.2 4.94 323 573 ―
ビスマス 2.02 ― 1.94 1.9 ―

試料は鏡面の縁を約30mg、70%硝酸1mlにて高温高圧分解容器を120℃で3時間加熱、容器を室温に冷却後、超純水にて希釈して分析試料に供した。ICP-MS測定装置で分析。相対濃度として利用。
― 検出せず

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