医師が選んだ医事紛争事例 85  PDF

左附属器摘除術で誤って右尿管切断

(50歳代前半女性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は、初診で「子宮筋腫」と診断され、患者が強く手術を希望したこともあり、手術目的での入院となった。翌日に子宮・左附属器摘除術を施行。子宮左後方で子宮内膜症による癒着がひどく、子宮全体の上方拳上が困難となり術野の確保が不良であった。そのため両側円靱帯を切断し、膀胱腹膜の切断と膀胱の下方への剥離と圧排、癒着のない部の子宮広間膜の切断、剥離などを繰り返し、子宮の拳上に努めた。子宮右側は左側に比較し、よく拳上し操作可能となったため右側より側方処理を行った。しかし膣腔の前後からの子宮頸部の確認がやや困難であった。計2回で膣腔に入った。この操作で子宮の拳上はほぼ十分となった。その後左附属器の摘除、癒着の強い左側は計3回で膣腔に入り、子宮摘除前に右尿管の切断に気づいた。すぐにカテーテルを右腎盂・膀胱間に留置して尿管端々吻合を施行した。手術時間は約7時間であった。患者はA医療機関に転院して尿管カテーテル抜去を施行、数日で退院となった。ところが不定愁訴、尿失禁等で当該医療機関に再入院となり、不定愁訴で心療内科も受診することとなった。
 患者側は弁護士を介して以下のような主張をしてきた。
 ①不定愁訴や尿失禁のためスムーズな生活が困難である②就労できずに経済的に困っている③健康になるまで医療機関に無料で診療を続けてほしい。
 医療機関は、全面的に医療過誤を認め、協会への報告前に事故に起因する治療費の免除を行った。
 紛争発生から解決まで約2年9カ月間要した。
〈問題点〉
 右尿管を切断したことは、いかに癒着が高度であったとしても、手技上の過誤と判断せざるを得なかった。ただし、患者側が主張する尿失禁については、右尿管切断と因果関係があるといえない。尿失禁は子宮・左附属器摘徐術が施行されたことによるもので、子宮筋腫となった患者の身体的要因だろう。また、事故後に患者は心療内科に受診するようになったが、術前から患者は極度に神経質な面が認められており、更年期障害も認められた。よって、医療事故に関わる症状固定はA医療機関を退院した日と判断。さらに、今回の手術は絶対適応ではなく、患者の強い希望により施行したが、手術する以上は、医師に説明義務が生じる。医療機関も術後合併症等、一切の説明をしていないことを認めており、説明義務違反に該当する。
 なお、医療機関は患者一部負担の全面免除を患者側に約束しているが、医療費免除は医療事故が発生したかどうかにかかわらず、保険医療機関および保険医療養担当規則、あるいは健康保険法、もしくはその両方に抵触する。医療費は、医療過誤が明白なった時点で賠償金として患者に返戻されるべきものである。また、客観的に過誤が明白になっていない時点で医療費免除を行うと、医療機関が過誤を認めたと患者に誤解させてしまう恐れがある。紛争の初期対応を誤った典型的な例である。
 医療機関の術時の体制であるが、当該医師は非常勤の婦人科医師であり、常勤医は皆無とのことであった。患者の主治医は当該医師ではなく常勤の外科医であり、患者は主治医と別の医師が手術を担当したことも不満となった。
〈結果〉
 医療機関側は過誤を認めて、賠償金を提示したが、患者側は納得せずに示談は不成立。その後、患者側からのクレームが途絶えて久しくなったため、立ち消え解決とみなされた。

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