政策解説 医療計画への目標医師数設定が義務化  PDF

現時点での医師偏在指標が明らかに

 2018年7月、医療法・医師法の一部を改正する法律が成立した。これを受け、都道府県は医療計画に三次医療圏・二次医療圏単位に目標医師数の設定が義務付けられる。目標医師数設定にあたって踏まえるべきものとして、国によって新たに策定されるのが〈医師偏在指標〉であり、指標を用いて設定されるのが〈医師多数区域〉・〈医師少数区域〉である。
 協会は、前提として国が医師養成数の見直し(縮減)を志向し、それが医療費抑制政策と結びついた現状では「医師少数区域」「医師多数区域」を定め、医師数目標を設定すること自体が開業規制への門戸を開くと警鐘を鳴らしている。
 9月28日、医療従事者の需給に関する検討会・第22回医師需給分科会の席上、国は現在時点の「医師偏在指標」を明らかにした。国は2018年度中の指標策定、2019年度の都道府県による医師確保計画策定作業、それに基づく2020年度からの〈医師偏在対策〉を実施するとのスケジュールを示している。
 医師偏在指標を活用した医師確保対策として、国は目標医師数設定の他、医師数少数区域、医師多数区域の設定や、大学医学部における地域枠・地元枠の設定等のメニューを挙げている(図1)。
 〈医師偏在指標〉の必要性について、厚労省資料では、現在地域ごとの医師数比較に用いられている〈人口10万人対医師数〉は、医師の地域偏在や診療科偏在を統一的に測る〈ものさし〉にならず、医師偏在の度合いを統一的・客観的に把握できる新たな指標が必要と述べる。新たな指標設定にあたり検討すべき要素として挙げられたのが次の4点である。

①医療需要および将来の人口・人口構成の変化

 地域ごとに人口構成(年齢・性別とそれらによる受療率)の違いがあるため、性年齢階級別受療率を用いて地域ごとの医療需要を調整する。
 人口10万人対医師数では考慮されない患者の受療行動(昼間と夜間の人口差や都道府県間の流出入)について、何かしらの調整方法を考える。

②へき地等の地理的条件

 〈医師少数区域〉ではないとされる二次医療圏であっても、無医地区・準無医地区が存在することが考えられるため、重点的な医師派遣等の対象とする等、一定の考え方に基づいて対応を検討する。

③医師の性別・年齢分布

 医師の性・年齢構成に地域差があること。性・年齢構成によって平均労働時間が異なるため、地域ごとに労働時間で医師数を補正し、地域ごとの標準化医師数を算出する。

④医師偏在の種別

 外来診療の多くを担う診療所の地域偏在を踏まえ、診療所の地域偏在の現状分析の実施を検討すること。診療科と疾病・診療行為の対応を明らかにし、その後診療科別の医師偏在指標を検討する。ただし、特に政策的に医療の確保を図るべきものとして周産期・小児科医療を挙げ、これらは先行して暫定的指標を示す。
◇   ◇
 以上を踏まえ、医師の性別、年代による労働時間の違いを調整した「標準化医師数」と、人口10万人対医師数をベースに地域ごとに性年齢階級による受療率の違いを調整したもので勘案したという〈医師偏在指標〉の計算式が(図2)である。
 この計算式は、一瞥しただけでいくつかの問題点を指摘することができる。
 医師数は、医師の性別、年代による労働時間の違いを平均的な労働時間に基づいて調整する。いわば、仮に100人の医師がいたとしても、性・年齢階級別の労働時間の違いを鑑みると○○人分の医師数である、という標準化された医師数が指標に用いられるのである。ここに表される1人の医師はリアルワールドの1人の医師ではないことに注意が必要である。指標にするのであるから、架空の平均的な労働時間が、地域医療の現場を支える医師に枠をはめるという構造である。
 各地域の人口構成が違い、性年齢別の受療率格差があることは当然の話である。性別も年齢も関係なく、単純に人口を10万人に置き換えて、それに対する現実の医師数を比較するのに比べ、より実態に即す方向であるかのように錯覚させられる。だが考えてみればおかしな話である。計算式中の〈地域の期待受療率〉とは、患者調査による平均化された性年齢階級別受療率に基づいて導き出されている。すなわち、指標は患者の受療率を勝手に「平均化」し、「あるべき受療率」を決めてしまうのである。平均的な受療率が患者の受診に枠をはめるという構造である。
 すなわち、医師偏在指標とは、地域における本当の受療行動に基づかない平均化された架空(に近い)の受療率と、架空の医師数で構成されるのである。加えて、医師の労働時間調査として国が示したのは「医師の勤務実態および働き方の意向に関する調査」(2016年度)だが、無作為抽出約10万人対象の調査であり、医師の回答者15,677件のうち、開業医は2,501人で16.2%に過ぎず、開業医も含めたすべての医師の実態を反映したものとは考えにくい。
 果たしてそのような指標を活用し、導き出される医師数を〈必要医師数〉と呼んで良いのだろうか。
 分科会では、将来の診療科ごとの医師の需要の明確化についても検討された。
 厚労省は、医師数が増加しても一部診療科へ集中している。診療科別医師のニーズは不明確であり、医師は臨床研修終了後に自主的に主たる診療科を選択している。「医師が、将来の診療科別の医療需要を見据えて、適切に診療科選択ができる情報提供の仕組みが必要」と述べている。
 さらに、医師偏在指標を用いた〈医師少数区域〉〈医師多数区域〉の設定についてである。厚労省はその基準について次のように書いている。「全国335二次医療圏の医師偏在指標の値を一律に比較し、上位○%を医師少数区域とすることとしてはどうか」(図3)。
 医師不足・診療科不足の実態と、需要に基づき、医師を確保する政策なら歓迎したい。だが、計算式に組み込まれた「平均化」「標準化」の考え方には到底合意できない。国の準備した指標を使えば、「平均的な受療率」を患者は求められ、〈標準的な医師数〉以上の医師は不要とされることは明白だからである。
 一方で、厚労省は10月から「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」を立ち上げた。患者の受療行動も地域の医師数にも国の直接介入が強められているのである。医療者一人ひとりが地域で果たしている役割、仕事の意味、そして医師自身のやりがいといった要素をすべて排斥し、数字合わせで導き出す「偏在指標」の濫用を許してはならない。

図1
図2 医師偏在指標 計算式
図3 医師偏在指標に関する基準について

医療従事者の需給に関する検討会・第22回医療需給分科会 資料より

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