医師が選んだ医事紛争事例 82  PDF

ミスがあっても実損がなく、誠意ある謝罪で患者納得
(60歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 当該患者が脳・人間ドックを受診。MRIの結果より、脳には少数の無症候性ラクナ脳梗塞巣が認められ、MRAからは脳の主幹動脈の一部に軽度の動脈硬化が認められた。その原因として高血圧症が考えられ、経過観察することになった。約2カ月後に頭痛・嘔吐の症状が見られたので、救急で他のA医療機関に搬入された。診察の結果、右内頸動脈瘤破裂によるクモ膜下出血が認められ、脳動脈瘤コイル塞栓術を施行した。患者はその後B医療機関に転院となった。患者は視力低下となったが、これはクモ膜下出血に伴う硝子体出血(テルソン症候群)で、一般的には予後は良好となるため、保存的治療を継続した。
 患者側の主張は次の通り。①脳ドックで動脈瘤を発見すべきであった②発見していれば治療法等はどうなっていたのか③当該医療機関の医療機器に問題はなかったのか④賠償請求したい―。
 医療機関側としては、動脈瘤としては珍しい細長い形状(棒状)で、周囲の血管と酷似しており、頭部MRI・MRAのみで動脈瘤を確定診断するのは困難かもしれない。しかしながら、後交通動脈のすぐ末梢から分枝する後交通動脈と同等の太さを持った血管は稀であるため、動脈瘤の疑い診断はすべきであったかもしれない。仮に診断していれば今回の動脈瘤は3㎜であり、高血圧、喫煙、多量の飲酒等を避ける療養指導を行い、3カ月~6カ月後の再検査を勧めることになった。ただし、動脈瘤が約2カ月後に破裂することは予見不能と判断した。
 紛争発生から解決まで約11カ月間要した。
〈問題点〉
 一般的な脳ドックのレベルにおいて、今回の脳動脈瘤を診断、もしくは疑うことはどの程度可能かについて、MRI、MRA画像により、右内頸動脈の後交通動脈分岐部より末梢、前脈絡叢動脈分岐部付近に、1㎜×3㎜の索状の血管を認める。この画像のみでも前脈絡叢動脈起始部または不規則な形状の脳動脈瘤のいずれかを考える。
 また、動脈瘤を診断、もしくは疑ったならば脳ドック説明の時点でどのように対処すべきであったか。前述の結果により、脳動脈瘤が否定できないことから、次の段階の検査として精密検査、造影の3D―CT検査を受けるように指導していれば、脳動脈瘤の確定はできたと思われる。
 動脈瘤が確定したとして、本案件の動脈瘤に対してどのような指導、治療がなされるべきであったかだが、3D―CTにて、右内頸動脈前脈絡叢動脈分岐部の脳動脈瘤が確定できた。動脈瘤は1㎜×3㎜で先端部に小さなコブを有しており、易破裂性と判断する。ただし、この画像は瘤破裂後の所見であり、脳ドックの時点でのこのコブの存在は不明であった。脳ドックガイドライン2008、脳卒中ガイドライン2009に示されるように、脳動脈瘤のサイズは3㎜と小さいが、内頸動脈の動脈瘤であること、不規則な形状に相当する動脈瘤であることから、治療についての提案を行うことが望ましいと考えられた。
 脳動脈瘤クリッピング、または脳血管内手術について説明を行う。また、患者が手術的治療に踏み切れない場合には、数カ月後の3D―CTの再検査により、サイズや形状の変化を追跡し、変化がある場合にはより強く手術的治療を提案する必要がある。
 総じて今回の脳ドック受診約2カ月後に起きた瘤破裂を、予見、回避することが可能であったかどうかだが、脳ドック受診後2カ月後の瘤破裂は予見できない。未治療の脳動脈瘤の追跡は、一般的に6カ月後の3D―CTの再検査により、瘤のサイズや形状の変化をとらえ、変化がある場合には、より強く治療を提案するのが一般的である。
〈結果〉
 脳動脈瘤の見落としは事実であったが、その見落としに起因する患者側の実損が認められなかったために、医療機関側は、金銭の問題とせずに誠意をもって謝罪をしたところ、患者側の理解を得られた。

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