医師が選んだ医事紛争事例 77  PDF

急性心筋梗塞の対応の遅れ

(70歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
 糖尿病で通院しており、慢性腎不全もある患者が、悪心・嘔吐・胸の苦しさを訴えて救急搬入された。心電図では左室肥大が認められたが、胸部X線では肺水腫は認められなかった。頭部CTで多発性脳梗塞、椎骨、脳底動脈の石灰化も認められた。CPK値は異常なし。以上のデータから経過観察精査加療を目的として入院となった。
 その後、すぐにCPK値の上昇が認められた。無尿も継続しており、SpO2値が低下し心電図で変化を認めた。その後、患者は昏迷状態となったが、心エコーに異常は認められなかった。
 翌日になって血圧が低下・触知不能となり、ただちに心マッサージ、人工呼吸を開始するとともに、当直医が駆け付け挿管・呼吸器を装着するが、心室頻拍(VT)、心室細動(VF)を繰り返した。冠動脈造影検査(CAG)を施行したところ、有意な病変はないと判断されIABP(大動脈内バルーンパンピング)を挿入して終了。意識は痛み刺激に対し、少し手足を動かしたりする(JCSⅢ-200)、あるいは痛み刺激に反応しない(JCSⅢ-300)状態であった。
 その後、意識は戻らず経皮的冠動脈形成術(PCI)を試みるが、造影ではうつらなかった慢性完全閉塞病変(CTO)で通過せず、IABPを挿入して終了。その後、房室ブロック(A-Vブロック)が出現しペーシングを開始、ブロック固定、IABP補助回数を減少させた。心拍出量(CI)への影響もなく播種性血管内凝固症候群(DIC)の進行が認められたので翌日抜去したが、次の日に患者は死亡した。患者側の希望により「異状死の疑い」として警察に届け出た。患者側は病理解剖を拒否したが、死亡診断書には「急性心筋梗塞」と記載された。
 患者側は、救急搬入時に心疾患を疑い、早急に検査をしていれば急性心筋梗塞は回避でき、患者は死亡にいたらなかったと主張。賠償請求をしてきた。その後に訴訟となった。
 医療機関側としては、検査を早急に施行しなかったことにより診断が遅れたことは事実であり、仮に経皮的冠動脈形成術(PCI)を初期にしていれば、救命の可能性は否定できないとして医療過誤を認めた。
 紛争発生から解決まで約5年8カ月間要した。
〈問題点〉
 救急から消化器内科への引継に問題は認められなかったが、救急搬入時と外来通院時の心電図を比較検討すべきであっただろう。ただし、この点について医療過誤とは判断できない。医療過誤が認められるのは、搬入時に異常が認められなかったものの同日の2回目の検査ではCPK値が上昇しているにもかかわらず、心筋梗塞を疑わず放置した点にあろう。
 患者側の主張通り、より早期に検査をして心筋梗塞を確認していれば、患者を救命できた可能性はあったと考えられた。
〈結果〉
 医療機関側がほぼ全面的に過誤を認めて、和解した。ただし、患者の余命を考慮して、和解額は患者側請求額の4分の1から5分の1程度であった。

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