医師が選んだ医事紛争事例 76  PDF

心電図のデータがない!
(80歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 脱水症・腎前性腎不全・心房細動と診断された患者が入院。転倒の危険性が疑われることからナースステーションに隣接している観察室での管理となり、センサーマットを設置し、心電図モニターを装着した。ただし、心電図モニターに関しては、医師の指示ではなく看護師の判断で装着した。翌日、家族が見舞いに来た際は、センサーマットをオフにしていた。
 家族がナースステーションに声をかけて帰宅した30分後に、患者が心肺停止状態でポータブルトイレに座位の体勢で仰向きとなっているところを看護師が発見。医師が蘇生を試みたところ、心肺は再開し自発呼吸も戻ったものの、低酸素脳症となり意識が戻らないままICU管理となった。患者はいつ死亡しても不思議ではない状態となった。患者発見時にはセンサーマットはオフのままで、心電図モニターも患者が取り外しており装着されていなかった。心電図モニターが外れた際に、アラームが鳴ったはずだが、看護師は誰も気づかなかった。また、心電図モニターのデータは保存されていなかった。
 患者側はセンサーマットや心電図を適切に取り扱っていなかったことを理由に、文書で医療機関側の管理ミスを主張してきた。
 医療機関側は過誤を否定し、その見解は以下の通り。
①検査の結果、ジギタリス中毒であったことが事故後に判明しており、不整脈・心停止は可能性としてあり得る②入院当時は食事・トイレ等は自立できており、バイタル指示は3検状態で、一般病棟管理とし、看護体制としてセンサーマット設置を転倒リスク予防に、心電図モニターを心房細動管理目的として装着していた。しかしながら、突然の心停止を予想した上での対策ではなかった③心肺停止から発見までの時間は、蘇生術により心肺が再開した点から臨床的に推測して5分~10分程度と考える。したがって患者に対する管理を怠ったとは言えない④発見後の処置に問題はなかった⑤心肺停止と低酸素脳症重症度との因果関係は不明⑥心電図モニターはすでに看護師によってリセットされており、患者が心停止に至った時点でのデータはないが、看護師がマニュアル通りリセットしただけで、証拠隠滅の意図はない。また、医師も患者が心電図モニターを装着していることを看護師から報告されていなかったので、モニターを見ることもリセットしないように指示することもできなかった。管理的なミスはあるが医療過誤ではない―。
 紛争発生から解決まで約10カ月間要した。
〈問題点〉
 医療機関側の主張⑥の通り、心電図モニターのデータを消去したことに悪意がなかったことは理解できるが、患者側には極めて心証が悪い。仮に看護師が独断で心電図モニターを患者に設置していなければ、問題はなかっただろう。今後の紛争予防策として、看護師が念のためにモニターを設置した場合は、主治医に必ず報告するように徹底すべきである。医療過誤の有無を判断する際のポイントは、仮にモニターを患者が取り外さず、心停止直後に心肺蘇生を実行した場合に、患者の予後に影響があったか否かであるが、データが存在せず断定することは困難であった。換言すれば、低酸素脳症にまで至らなかった可能性も否定できない。したがって一定の管理ミスが認められ、医療過誤がないとまでは断言できなかった。
〈結果〉
 医療機関側が今回の管理ミスは必ずしも賠償責任まで問えるとは限らないことを患者側に誠意をもって説明したところ、患者側のクレームが途絶えて久しくなったため、立ち消え解決とみなされた。

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