会員の声から生まれた 保険医の老後守る年金制度  PDF

経営部会
理 事
兵 佐和子
 2018年春、京都府保険医協会で発足した保険医年金は、創設50年を迎えます。1955年頃の京都協会において、「保険医の生活保障はほとんど考慮されておらず、老後の生活に対する不安は大きい」という意見があったことから、当時の厚生省に保険医の老後を保障する公的年金の創設を何度も陳情していました。しかし、全く実現しなかったため、66年に当時の医業経営検討会の委員から、「公的年金の設立がダメならば、私的なもので良いから保険医の老後を守るために年金制度を作るべき」という意見が挙がりました。
 翌年、①実質利子が高く、積立額の増加率のよいもの②年金給付額も高額となるもの③年金原資の運用は一流の専門機関において一括運用させる④元利合計金がすべて加入者個々の自由になり、かつすべて個人に還元されるもの―などの具体的な案として「理想的な年金とは」という意見がまとまりました。三井生命、旧安田生命(現在の明治安田生命)を受託会社として保険医年金の制度化が計画され、68年5月に京都協会で発足しました。
 同年、保険医連絡会に参加していた福岡、神奈川など7協会で取扱いを開始。翌年の69年1月に全国保険医団体連合会が結成され、順次各協会で保険医年金が導入されました。京都協会で発足して以来71年までの4年間で、沖縄を除く全都道府県に普及。その後89年に沖縄協会で取扱いが開始され47協会、4歯科協会の全国51協会すべてに発展しました。68年の第1回普及では、加入者558人、加入口数1262口でしたが、高利回りや制度の自在性を反映し、毎年加速度的に増加して飛躍的に発展しました。97年からの生命保険会社の経営破綻が不信を増大し、長引く低金利状態の中で、一時は加入者数の減少も見られましたが、再び増加。17年9月には加入者数が5万3千人を超え、責任準備金も1兆2千億円となり、私的年金として我が国最大規模の制度となっています。

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