続 記者の視点 79  PDF

優生保護法の罪に、医学医療界は向き合おう

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

 なぜ、これほど差別的、非科学的で人権無視の法律が長い間、存在し続けたのか。
1996年まであった旧優生保護法は「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」ことを第一の目的にうたっていた。
「遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患、遺伝性奇形」については医師が申請し、都道府県優生保護審査会の決定があれば、優生(不妊)手術を強制できた。遺伝性精神病とされたのは精神分裂病、そううつ病、てんかんだった。
遺伝性でない精神病、精神薄弱にも保護義務者の同意を得て医師が申請し、審査会の決定があれば手術を強制できた。本人または配偶者が癩疾患の場合や、4親等内の血族に遺伝性疾患がある場合は、本人と配偶者の同意で手術できた(用語は当時のまま)。
この法律による知的障害者への強制不妊手術をめぐり、宮城県の女性が1月末、国家賠償請求訴訟を仙台地裁に起こした。他の被害者たちも続いて提訴する見込みだ。
手術された後も、母体保護法に改正された後も、被害者はなかなか声を上げられなかった。障害者差別、性に関する問題の訴えにくさ、古い時期の事実の立証上の困難といった事情があったためだが、手術自体の責任を問う場合、行為から20年たつと民法上の請求ができなくなる除斥期間が壁になるおそれがある。
このため原告側は、法改正後も謝罪と救済をして来なかった政府・国会の不作為責任を追及するという法律構成を取っている。
それを受けて、与党を含む国会議員の中には、実態調査や補償の議員立法を模索する動きがあり、救済措置が行われる可能性が出てきた。
国の統計によると、49~96年の間に、審査に基づく強制不妊手術は、遺伝性疾患を理由に1万4609件、非遺伝性の精神病・知的障害を理由に1909件行われた。同意に基づく不妊手術は遺伝性疾患を理由に6965件、ハンセン病を理由に1551件。このほか、同意に基づく人工妊娠中絶が遺伝性疾患で5万1276件、ハンセン病で7696件あった。
強制手術の際は身体の拘束、麻酔薬、欺罔等の手段を用いることも許されると旧厚生省は通知していた。本人・配偶者の同意に基づく手術の中にも、ハンセン病療養所の入所者をはじめ、実質的な強制が相当あったとみられる。
個人の尊厳と幸福追求権を保障する日本国憲法の下で、強制的に生殖機能を奪う法律が許されるのか。そんな法制度を維持していた国の責任は当然大きいし、一部の人たちのこととして見過ごしてきた社会にも責任がある。
そして医学医療界はどうか。戦前から優生思想を広げる中心になったのは遺伝学者や医学者だった。強制不妊手術の申請にも審査にも執刀にも、多数の医師が携わった。
医学医療界こそが率先して歴史的経緯と実態を検証すべきではないか。実務を担当した医師は多数、存命のはずだ。責任追及を求めるのではない。教訓と反省を明らかにして、誠実を刻む責任を負っているのではなかろうか。

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