福島第一原発 事故後の現場より 現在の課題 ⑧最終回  PDF

京都大学医学研究科環境衛生学分野教授 小泉 昭夫

福島原発事故は終わっていない

 今まだ福島原発事故は終わっていない。帰還困難区域は、除染の完了とともに縮小し現在では、大熊町、双葉町、浪江町、飯舘村の一部を残すのみとなった。多くの自治体では帰還者が戻り始めている。しかし、いまだ震災前の経済的基盤の復興は程遠く、その一方、帰還自治体では、子の世代の転出による高齢化と過疎化が急速に進み、また生活習慣の変容により生活習慣病の有病率が上昇し、健康寿命の短縮が懸念される。
 また、東電によると、廃炉作業は技術的問題の開発が全て成功すれば30~40年で後始末が完了するであろうという甘い見通しを示し、凍土壁の失敗や、燃料デブリの取り出しが未完了であることを考えれば「絵に描いた餅」と指弾されても仕方がない。また、政府は廃炉費用を21兆円程度と見積もっており、当初予想の11兆円の2倍に上り、根拠が不透明なことや今までの経験から今後も増加すると思われる。この資金は、税金と電気代で賄う予定で責任は国民へと高をくくっている。
 また現在、未解明の問題として、海洋汚染、小児甲状腺、生態系におけるセシウムの循環の長期展望、汚染水処理など、数多く残されている。このような中、政府は脱原発どころか、国内における原発の再稼働を決めた。
 南相馬市の金子利夫夫妻は、福島原発訴訟団の一員として、裁判運動を推進している。金子さんは、温和温厚な人物であり、今回の事故がなければ訴訟などには無縁の人である。「これほど国民を馬鹿にした話はない。賠償金がほしいのではない。普通に生活をしていた人々の日常の暮らしを奪った事故の責任の所在を明らかにしたいだけである。良心と理性に基づき、事故への保障と同時に原発反対を掲げ政府や東電と戦う。また、全国に自主避難された方についても、人災がなければ起こらなかったものであり、政府と東電の責任は重い。学校などで自主避難者へのいじめの話を聞くにつけ、心が痛む。全国の皆様には、自主避難者への暖かい思いやりと引き続き支援をお願いしたい」と訴える。主義主張を超えて、脱原発に舵を切ることは、新たな産業振興につながり、同時に長期的に国民の利益の最大化も図れよう。良心はもとより、経済的合理性をも無視した政府の不条理に国民が怒るのは当然である。

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