裁判事例に学ぶ 感染症に関わる医療安全対策  PDF

医療安全対策部担当理事 宇田 憲司

その8
診断基準を無視された敗血症死事件

 感染症の発症には、Host-parasite relationshipの3条件を要する。そのうち、病原微生物に対する事例と、感染宿主の感受性すなわち局所の組織の活力や全身的な体力・免疫能の問題が関与したであろう事例を挙げる。
 2010年7月11日35歳男Aは、妻X1娘X2と公園で遊び、午後7時頃帰宅して夕食をとり、入浴時に寒けを感じ、体がだるく、9時頃の体温は40・5℃、苦しくて寝つけずX1運転の自動車で翌12日午前2時13分ころY病院の救急外来を受診した。問診票には、熱・頭痛・めまいに丸を、余白に「関節痛(腰が痛い)」と記入した。血圧は82/43㎜Hgで、B医師には、前日夕刻より発熱し、腹痛なく夕食を摂取と告げ、診察で体温39・8℃、脈拍130回/分、扁桃腺は赤いが腫脹・膿栓なく、肺・心雑音なく、腹部圧痛なくウイルス感染症による発熱との診断で、解熱剤(ロキソプロフェン)を3回分処方された。
 服用して就寝したが、午前7時頃起床し、体温38℃台で症状の改善なく、X1に車で9時Y病院玄関前まで送られた。X1は用事を済ませAを尋ねた。午前10時20分頃、体温38・5℃、血圧72/40、脈拍118回/分であった。C医師の診察時、歩いて診察室に入り椅子に座った。救急受診時よりよくなったと述べ投薬を求めた。Cは、血圧が少し低いと感じたが、歩行時ふらつきなく、ベッド臥床・起き上がり時につらそうな様子なく、感冒と診断して総合感冒剤PL顆粒とロキソプロフェンを処方した。
 午後3時頃帰宅し、そうめんを食して服薬し、臥床休養し、6時頃35℃台であった。13日朝入浴して寒く感じ、顔面に紫色の斑点が現れ受診し、9時24分血圧106/54㎜Hg、脈拍80で、待合途中で気分が悪くなり、看護師が点滴室に入れ、内科医師を呼び、医師は採血・点滴を指示し、紫斑が顔から全身に広がり、救急救命センターに移動し、血圧55/39で、敗血症性ショック、急性腎不全として、11時10分ころICUに入院し、昇圧剤・抗生剤投与、血小板輸血、持続的血液濾過、人工膜によるエンドトキシン吸着療法など救命措置を受けたが、午後11時02分死亡した。
 死因は敗血症による多臓器不全で、血液培養で肺炎球菌が検出され、胸腹部CT検査で脾臓やや小のほか異常なく、感染巣は不明で解剖が勧められたが遺族は断った。
 11年X1X2は、1初診時に、体温39・8℃、心拍数130が全身性炎症性反応症候群(SIRS)の診断基準を満たし、敗血症起因性低血圧を呈しており、敗血症を疑い血液検査をすべきで、2初回再診時に、敗血症を疑い血液検査をすべきで、3初診時・初回再診時に細菌性髄膜炎を疑い検査等をすべきであったが、それらを懈怠した医師の過失を根拠に、Y病院に1億545万余円を請求して提訴した。
 裁判所は、1SIRSの診断基準を満たすが、肺・心雑音なく、呼吸器感染症や細菌性心内膜炎等を積極的に疑う根拠はなく、血圧が急に下がれば生じるふらつきがなく、初診時に敗血症を疑い血液検査する義務まではないとした。2同様の理由から、初回再診時も血液検査義務まではないとした。3髄膜炎の三徴は、発熱、項部硬直、意識障害であるが、腹部診察時に診察ベッド上での体位変換時に頚部運動もできており、項部硬直はなかったものと認定し、請求を棄却した(新潟地裁長岡支判 平成27・9・10)。
 SIRS、敗血症等は、①体温38℃超ないし36℃未満②心拍数90/分超③呼吸数20/分超ないしPaCO2
32㎜Hg未満④白血球数12000/μL超、4000/μL未満ないし桿状核好中球10%超―の2項目以上で診断される。敗血症では、細菌以外の病原微生物による感染例もあり、血液培養陽性例は約40%で、菌血症は診断に必須ではない。本例では、初診時・初回再診時とも①②の2項目がみられ、採血検査、更に動脈血培養などを実施した上、感受性が期待できる抗生物質の早期投与が必要であったとも考えらえる。

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訂正
本記事記載の「(新潟地裁長岡支判 平成27・9・10)」は、正しくは「(新潟地裁長岡支判 平成27・12・9)」でした。訂正させていただきます。

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