TPPより怖い2国間交渉 TPP・FTAの政治経済学と地方自治  PDF

TPP反対京都ネット学習会(12月13日)講演概要

京都大学大学院経済学研究科
岡田 知弘 教授

トランプ政権誕生後のメガFTAをめぐる動き

 2016年、アメリカ国民はトランプ大統領を選んだ。これは、ラストベルト(錆びついた工業地帯)に象徴されるアメリカ国内の産業空洞化が生んだもので、トランプ大統領はその支持層の要求にしたがってTPP12(環太平洋経済連携協定)からの永久離脱を決めた。まさに、経済のグローバル化にともなうアメリカ国内における矛盾の噴出と言える。
 これに対し、日本は、実質審議抜きでTPP条約を批准した。これは安倍政権の愚挙である。なぜなら、今後の交渉は、TPP12のレベルを超えるものになるからだ。トランプ大統領は「米国の利益」をより強く具体化できるFTA(自由貿易協定)見直し協議(北米FTA、米韓FTA)を開始し、日本に対しても「日米経済対話」による米日FTA交渉を求めてくるだろう。
 安倍政権は、「もり・かけ問題」で支持率が急落するなか、17年7月に日EU・EPA(経済連携協定)の「大枠合意」、11月にはアメリカ抜きのTPP11の「大筋合意」が成ったと発表。さらに、日ASEAN・EPAの修正協定も最終合意した(サービス貿易に加え、ISDSを入れる)と発表した。これらに加えてRCEP(東アジア包括連携協定)交渉も日本主導で執拗に追求している。
 TPP12以上に秘密交渉で行われているこれらメガFTAの推進力は何か。また、何が、どこまで合意されているのか。果たしてTPPやFTAによって地域経済は発展するのか。地方自治はどうなるのか。これらの点を明確にしながら、主権者として、地方自治体として、国に対してはっきり発言する必要がある。

安倍内閣によるメガFTAと地域経済にかかわる言説批判

 メガFTAへの対応にかかわる政府の基本文書が、二つある。一つは、「総合的なTPP関連政策大綱」(15年11月25日)、二つ目は「総合的なTPP等関連政策大綱」(17年11月24日)である。これらの文書が言わんとするのは、以下の内容である。
 ①TPPは、アベノミクスの「成長戦略の切り札」である。
 ②本大綱で、TPPの効果を真に我が国の経済再生、地方創生に直結させるために必要な政策、TPPの影響に関する国民の不安を払拭する政策の目標を明らかにする。
 ③対策の柱は、「新輸出大国」(中小企業、農業分野)、「グローバル・ハブ」(生産性向上、対内直接投資促進、地域の「稼ぐ力」強化)、「農政新時代」(「攻めの農林水産業」)、ISDS応訴体制の強化(著作権、国際経済紛争処理に係る体制整備)である。
 これらの大綱によって、逆に以下のことがわかる。まず、TPPそれ自体、現状の地域経済、中小企業、農家に対して経済的便益を与えるものではないことを明らかにした。なぜなら、対策を講じなければ負の影響しかないと認識したうえでの「対策」必要論になっているからだ。したがって、農業、中小企業、ISDS応訴といった、最も影響がでる分野を政策ターゲットにし、従来からのTPPへの懸念や不安を「対策」によって「払拭」することに腐心している。
 しかし、そもそもの前提である「輸出によって一国の経済は発展する」という認識自体が誤りである。そこには、18世紀にアダム・スミスの『諸国民の富』で論破された「重商主義」の俗論との共通性が指摘できる。スミスは、世界経済レベルでは輸出額と輸入額は同額であり、貿易そのものが富を増加(=成長)させるわけではないことを明らかにした。経済的価値を生み出すのは労働であり、その付加価値が、社会的分業によって実現し、富が増えるとした。そして、植民地の農業国に依存しているがためにその反乱によって一気に崩壊したローマ帝国の例を挙げ、国内農業への投資と農商工の均衡発展が必要不可欠と警告した。
 ちなみに、アダム・スミスを生んだイギリスは、その後穀物自給率を維持する政策を重視し、現在でも穀物自給率は、100%である。
 また、1980年代半ば以降の貿易・投資の自由化が地域経済、日本経済に与えた影響についての検証がなされていないという問題もある。
 さらに、政府文書の言説では、個別中小企業や農家レベルで、輸出拡大の可能性が広がったとしているが、個別企業レベルの「可能性」の指摘に留まっており、日本の中小企業や農業の全体構造の再生産や持続可能性から捉える視点が欠如している。とりわけTPPの期待効果については、輸出や海外進出など「出る」方だけが強調されているが、関税撤廃や非関税障壁の撤廃によって、「入ってくる」問題については軽視ないし無視している。
 政府は中小企業分野の対策として4000社の中小企業の海外展開を支援するとしているが、中小企業の数は350万社(2014年「中小企業実態基本調査」)であり、その多くは内需型の取引で地域経済や社会を創り、維持している。また、政府は、TPPで農林水産物輸出が増えるとしているが、輸入額とのアンバランスは拡大するだろう。ちなみに、14年度輸出額は6117億円で、政府はこの数字だけを強調するが、これに対する輸入額は、9兆2408億円である。
 そもそも、TPPで確実に利益を得る多国籍企業のみによって担われている地域は、日本にはほとんどない(図1)。中小企業、農家、協同組合、NPO、そして地方自治体が、経済主体として地域経済を作っている。その地域内再投資力を高め、自治体が中心になって地域内経済循環を高めることこそが重要であり、それが災害の時代における防災・国土保全効果にもつながる(図2)。

TPP12では、何を決めていたのか
―とりわけ地域経済と国民主権、地方自治への影響

 TPP協定は30章からなるが、各分野別の物品市場、サービス市場アクセス、投資、国境を越えるサービス、金融サービス、政府調達、国有企業、知的財産(特許権)、労働、環境、中小企業、紛争解決(ISDS)等、多岐に及ぶ。地方自治体に対する影響も、地域産業政策から住民福祉、さらに第三セクターがからむ国有企業、投資、政府調達、そして運用および制度に関する規定、紛争処理、最終規定など、分野横断的である。
 その中で、関税撤廃の影響については、鈴木宣弘東京大学教授(元農林水産省官僚)が、農林水産物1・5兆円、全産業3・6兆円、雇用76・1万人減との試算を出している。地域産業、中小企業の観点からいうと、第二次産業、第三次産業への波及効果が問題になる。つまり、TPP参加によって確実に利益が増えるのはごく一部の自動車、IT家電、インフラ系企業(原発、武器技術)と商社だけで、地域経済を担う圧倒的な産業は、「原則無関税化」の衝撃を長期にわたり受け続けることになる。つまり、TPPでは国民全体の経済的利益は得られない。ただし、多国籍企業は確実に収益増加の条件が確保できるということだ。米国主流派経済学者もこれと同じ認識でTPPに反対している(表1)。
 この関税障壁とは別に、さらに大きな問題として非関税障壁の問題がある。非関税障壁の撤廃は、中央政府レベルだけでなく、地方自治体レベルでの地域経済政策、法制度(条例類)、施策にも影響を及ぼす。以下、直接の影響があると考えられる投資(第9章)、および政府調達(第15章)を採り上げてみる。

「投資」における「ローカルコンテンツ(現地調達)」規制を禁止

 9章10条では、「いずれの締結国も、自国の領域における締結国または非締結国の投資家の投資財産の設立、取得、拡張、経営、管理、運営または売却その他の処分に関し、次の事項の要求を課してはならず、または強制してはならず、また、当該事項を約束し、または履行することを強制してはならない」とし、具体的に「一定の水準または割合の現地調達を達成すること」、「自国の領域において生産された物品を購入し、利用し、もしくは優先し、または自国の領域内の者から物品を購入すること」をあげている。これは、ローカルコンテンツ(現地調達)規制と呼ばれ、米国の州や途上国が法制度として定めているだけでなく、現在、日本の地方自治体の多く(43道府県を含む270自治体)が制定している中小企業振興基本条例の中に「大企業の役割」規定として盛り込まれている。工場立地や大型店立地の際の自治体との協定の中に含まれている例も多い。もし仮に、TPPが発効した場合、これらのローカルコンテンツ規制がISDS条項の対象となり、国あるいは地方自治体が外国投資家によって訴えられる可能性がある。これによって、地方自治体による地域経済振興政策が大きく制約されることになる。

「政府調達」(第15章)において対象機関、対象基準額の拡大を盛り込んでいる

 協定文では、「政府」として、WTOと同じく、国の諸機関に加えて、「地方政府」である都道府県、政令市を、附属書15―Aで含めている。同じく15―Aでは、対象基準額が次のように示されている(SDRを円換算)。
 【中央政府】 物品1300万円、建設サービス6億円、その他のサービス1300万円
 【地方政府】 物品2700万円、建設サービス20億2000万円、その他サービス2700万円
 これらの対象機関と金額は、WTOの政府調達規定と同じである。しかし、15章23条では、政府調達に関する小委員会を置くとし、15章24条において、この小委員会で、追加的な交渉を行い、「調達機関の表の拡大」「基準額の改定」「差別的な措置を削減し、および撤廃すること」を議題にすると明記している。
 さらに重要なのは、15章24条2項において「締結国は、この協定の効力発生の日の後3年以内に、適用範囲の拡大を達成するため、交渉(地方政府に関する適用範囲を含む)を開始する。また、締結国は、当該交渉の開始前または開始後においても、地方政府の調達を対象とすることについて合意することができる」とされている点である。つまり、TPPの初期設定においてはWTOと同等とされているが、今後の追加交渉において、地方自治体を中心に対象機関の拡大と適用基準額の引き下げが当初から想定されているということである。
 現在、日本の地方自治体では、中小企業振興基本条例や公契約条例(40自治体が制定)によって、地域経済振興を目的に、地元中小企業向け発注を積極的に行うところが増えている。TPPが発効し、さらに対象機関の拡大や適用基準額の引き下げがなされれば、公財政を活用した地域経済振興策に大きな障害を生み出す可能性が高い(表2)。
 しかも、現在、先行するTPP(P4)においては、630万円以上の物品・サービス、6億3000万円以上の工事については、TPP参加国の内国民待遇が求められている。この水準でいくと、ほとんどの市町村が対象になるということだ。

国民主権・国家主権・地方自治権を脅かす
エンドレスの「自由化」装置である

 非関税障壁の撤廃は、多国籍企業の経済的利益のために、これまで各国で国民生活の安全や福祉の向上、国土の保全をはかるために採られてきた諸制度の改廃を求めるものである。それを具体化する装置として「TPP委員会」がある。
 TPP協定では、投資や政府調達の章だけでなく、多くの章において「小委員会」や「作業部会」が設けられ、今後、利害関係者も入れた追加的交渉がなされ、初期設定にある経過措置や特例措置を撤廃していく、エンドレスの「自由化」が目論まれている。その司令塔的な役割を果たすのが、TPP委員会である。TPP委員会は、締結国政府代表者によって構成され、協定の改正または修正の提案、協定に基づいて設置される全ての小委員会、作業部会その他の補助機関の活動を監督、特別もしくは常設の小委員会、作業部会、その他の補助機関の設置、統合、解散、附属書の改正等を、行うことができるとされる。
 このTPP委員会の意思決定方法が問題となる。27章では、協定全体の決定は「コンセンサス方式によって行う」とされているが、他方で、30章の「最終規定」では、発効要件の一つとして、GDP85%以上・6か国合意があれば足りるという大国主義が持ち込まれている。だとすれば、TPP委員会の決定もそうなる可能性がある。
 以上のように、TPPによる非関税障壁の撤廃は、投資や政府調達の条項を採り上げただけでも、国民主権、国家主権、地方自治権を侵害する内容や危険性に満ちている。憲法違反の条約だ。

日EU・EPA、TPP11では、何をどこまで合意しているのか

 安倍政権は、「アベノミクス」の成長戦略の具体化策として、このTPP12をベースに、日EU・EPA、TPP11などを重層的に組み込んだメガFTAを追求している。それは、日本内外の多国籍企業の政策要求に基づく商品貿易、サービス貿易、投資、労働力移動の自由化、各国制度・規制改革の追求であり、戦後日本の「岩盤規制」を、国家戦略特区制度の活用によって「解体」し、農業、医療・福祉、教育、労働規制を「改革」、内外多国籍企業にとって「世界で最も活躍しやすい国」へと転換させようとしている。その先進例として東京都は、国家戦略特区にかかわる提言で、株式会社経営の病院、外国人ビジネス客向けの医療サービスの解禁を求め、農業分野では、兵庫県の養父特区での農外企業による農地取得を認めるなどの動きがある。
 では、TPP11、日EU・EPAでは、何をどこまで合意しているのだろうか。
 TPP11で名称を「包括的および先進的な環太平洋パートナーシップ協定」(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership)に変更。17年11月11日に「大筋合意」といいながら、「署名までに具体化すべき事項」として4項目を残した。
 具体的には、 国有企業章留保表(マレーシア)、サービス・投資章留保表(ブルネイ)、労働章に関する紛争処理(制裁措置部分)(ベトナム)、文化例外(カナダ)などである。アメリカが離脱した後、11カ国内外で矛盾、対立が拡大した。11月中旬に、カナダ離脱の可能性が高いとの報道もあったが、その後、凍結項目を20条項に集約し、今後、成文化作業が行われることになる。
 TPP11協定は、これまでと同様かそれ以上に情報公開がなされないまま交渉が進められた。国会での徹底的な審議が必要だが、またもや日本語による正文は作られていない。
 農産物等の関税撤廃枠組はTPP12の内容を無修正で引き継ぐのか否か等、不明な点が多い。国民、当事者への情報公開が必要不可欠である。
 日EU・EPAについては、日EU首脳会議において17年7月6日に「大枠合意」と発表された。そこではISDSに関する合意は先送りとなった。EUでは市民運動の成果としてISDSの規定を盛り込むことは困難な情勢で、他の関税、非関税障壁撤廃交渉が優先されている。したがって「大枠」という表現になった(12月8日に最終合意)。
 具体的協定内容についてだが、関税撤廃については、自動車完成車関税撤廃(8年後)、日本酒の関税撤廃等と引き換えにほぼすべての品目で関税撤廃。ソフト系チーズ、牛豚肉、構造用集成材は、段階的関税撤廃、ワインは即時撤廃となっている。これにより、北海道のチーズ、国内の集成材、山梨のワインなどは立ち行かなくなる。
 また、非関税障壁撤廃については、原則すべての分野を投資自由化対象にするとし(社会事業サービス、初等・中等教育、エネルギー産業については包括的な保留)、投資については、ローカルコンテンツの履行要求を禁止。政府調達については、日本側は、地方独立行政法人にも対象を拡大するとし、さらに、中核市の一般競争入札による一定基準額以上の調達(物品、サービス)に限り、EU供給者も参加可能にするとしている。また、鉄道分野の市場開放も新たに盛り込むとされている。
 こうしたメガFTAの複合化によって、地域経済、地方自治、住民生活は一層破壊される。なぜなら、EU、アジアとのEPAが批准され、米国との二国間交渉になれば、当然、TPP以上を求めてくるわけで、TPP11プラス日米FTAの地域経済、自治体へのインパクトは、TPP12のそれを超える可能性が大だからである(鈴木宣弘「TPP11『大筋合意』の真実」『日本農業新聞』2017年11月14日)。
 さらに安倍政権は、「公共サービスの産業化」政策を推進。公有地・公共施設の「不動産活用」とともに、窓口サービスから福祉・介護、社会教育サービスに至る幅広い公共サービスを「市場化」し、特定の企業の「行政の私物化」を進めようとしている。空港、鉄道や上下水道施設のコンセッション契約の推進政策は、内外の多国籍企業への市場開放であり、国民生活に多大な影響を与える。
 今回検討した条項にとどまらず、地域経済や地方自治にかかわる問題(労働、金融、越境サービス、食品安全、国民の健康等)は多岐にわたる。少数の多国籍企業の経済的な利益のために、国民益や国民主権、地方自治権を侵害するようなTPP11や類似のメガFTAの批准・発効は断じて許してはならない。米国はじめ交渉国のFTA反対運動との連携を強化し、地方自治体ごとに、TPP発効前に中小企業振興基本条例、公契約条例を制定し、地域経済・社会を守るバリアづくりを進めなければならない。

おわりに

 今、世界・日本の将来をめぐる対抗軸が明確になってきている。アメリカではサンダースを大統領候補に押し上げた99%運動の広がり、イギリスでは「ブレッド&バター・イシュー」(生活問題)を前面に出してグローバリズムに対抗した労働党の躍進。そして、日本でも市民連合を母体にした住民の基本的人権と平和を第一にした野党連合によって、沖縄県、岩手県、新潟県で、新しい地方政治が生まれている。
 少数のグローバル企業・投資家の利益を第一に追求する政治は永続しない。国および自治体レベルで、99%の国民、住民の幸福追求権と基本的人権を第一にした社会経済をつくりだすためには、「協同」と「連帯」に基づく取り組みこそ必要である。

【参考文献】岡田知弘他編『TPP・FTAと公共政策の変質』、自治体研究社、2017年

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