裁判事例に学ぶ 感染症に関わる医療安全対策  PDF

医療安全対策部担当理事 宇田 憲司

その5 インフルエンザ予防接種での死亡事例

 インフルエンザ予防接種は、市町村が実施主体でかつての集団予防接種から、現在は個別接種が原則である。そこで、接種後の死亡事例を2例紹介する。
 (1)生後7カ月の乳女児Aは、1969年12月5日、Y1市の集団予防接種で、地域医師会推薦の接種協力医師Y2に接種された。Aは、2日後に発熱・けいれん・ひきつけを生じてY2医師に受診し、経過観察で帰宅した。その後、他病院に受診し入院加療された。児は6歳2カ月で死亡した。Aの両親は、医師がワクチンを2倍量で誤接種し、発熱などでの受診時に治療開始せず転医を怠った過失を根拠に、Y1・Y2と国に5804万余円の賠償を求めて提訴した。Y1市のみ責任が認められ計1584万余円の支払いが命じられた(東京地判 昭和52年1月31日)。
 (2)訴外1歳11日男児Bは、1966年10月4日午前11時頃、Y都のC保健所にて同職員で訴外のD医師からインフルエンザ予防接種(集団)を受け、翌5日午前7時頃死亡した。Bは、その1週間前から間質性肺炎および瀘胞性大腸炎に罹患していた。Bは帰宅して就寝する翌日0時30分間まで異常なく、接種当日は軟便であったほか、異常はなかった。
 翌朝8時頃母Xが抱き起こすと異常感があり、E病院に受診したところ死亡が診断された。児の両親Xらは、医師が保護者への問診、児の体温測定、視診、聴診、打診などの予診を怠り予防接種禁忌者に接種した過失と、適正に予診できる会場の整備を怠った保健所長の過失を根拠に、Y都に1000万円を請求して提訴した。
 裁判所は、間質性肺炎および瀘胞性大腸炎を上記の問診、予診によっては診断・予見できず、したがって、その実施の有無にかかわらず過失責任はないとして請求棄却・控訴棄却した(東京地判 昭和48・4・25、東京高判 昭和49・9・26、LEX/DB TKC27200635、同-6)。上告審では、破棄・差戻しとなった(最一小判 昭和51・9・30、民集30巻8号826頁、判時827号14頁、判タ340号100頁)。
 最高裁は、インフルエンザ予防接種を実施する医師は、危険を回避するため、慎重に予診を行い、かつ、接種対象者に接種が必要か否かを慎重に判断し、実施規則四条所定の禁忌者を的確に識別すべき義務があるとし、また、D医師の使用者であり予防接種実施主体の地方公共団体は、死亡等の結果発生の蓋然性が著しく低く、医学上、当該具体的結果の発生を否定的に予測するのが通常であること、または当該接種対象者に対する予防接種の具体的必要性と予防接種の危険性との比較衡量上接種が相当であったこと(実施規則四条但書)等を立証しない限り、不法行為責任を免れないとした。
 そこで、「担当医師が、(一)適切な問診をしたならば、B児について、接種当時軟便であったほか、どのような疾病、症状、身体的条件、病歴等を認識し得たか、(二)適切な問診を尽くして認識し得た事実があれば、体温測定、聴打診等をすべきであったか、(三)右体温測定、聴打診等をしたならばどのような疾病、症状、身体的条件等を認識し得たか、(四)右予診によって認識し得た事実を前提にした場合Bが禁忌者であると判断するのが医学上相等であったか」につき、審議を尽くす必要があるとした(差戻し審情報不見当)。
 現在、集団接種は廃止され個別接種が原則となり、(1)市町村長が行う定期の予防接種等も、強制接種ではなく勧奨接種(定期の予防接種)となり、特別に往診などで接種されるものの他は、通常は協力医療機関で協力医が接種する。
 また、インフルエンザでは、市町村長は、65歳以上の者と、それ未満60歳以上で心臓、腎臓もしくは呼吸器の機能またはHIVによる免疫の機能に障害を有する者(ハイリスク者)への接種を行い(予防接種法施行令第1条の2第1項の表)、(2)それ以外は、任意予防接種(自由診療)となる。
 したがって、接種医は、所定の問診・診察など手続を遵守して実施し、医師賠償責任保険への加入が推奨される。

ページの先頭へ