裁判事例に学ぶ 感染症に関わる医療安全対策  PDF

医療安全対策部担当理事 宇田 憲司
その4 HIV感染医療従事者へのプライバシー侵害

 医療従事者が勤務先医療施設で受療する場合、その診療情報には、当然に守秘義務が及ぶ。就労可否の判断に目的外使用され、訴訟になった事例を紹介する。
 2011年3月16日、看護師Xは、Y病院に雇用され病棟勤務を開始した。
 Xは、5月末頃から手掌の紅斑や口内炎が出現し、飛蚊、目のかすみなどを感じた。27日S病院眼科医は右ブドウ膜炎と診断し、梅毒を疑い、TP定性陽性、RPR高値で、Y病院のA副院長に同院非常勤でK大学病院の呼吸器内科B医師への受診を勧められ、K大学病院に紹介され、皮膚科C医師に第2期顕性梅毒と確定診断された。また、CD4値が199で10%などHIVの感染を疑い、同意の上の簡易検査は陽性で、血液内科D医師に紹介され、HIV感染と確定診断された。Xは、梅毒とHIVの重複感染で、標準的な感染対策を行えば患者に感染させる危険はなかろうと、Y病院に感染の事実を告げず看護業務継続を望み、出勤した。職員に知られぬよう、K大学病院での治療を考えた。
 C医師は、上記の旨を8月11日付けでB医師に書信し、Bは、A副院長に電話報告した。その際Aは、Y病院の他の関係者に伝えることのXの同意の有無を訊かなかった。14日Aは、院内感染対策の検討に、院長に報告し、看護師長とも協議し、院長は、HIVウイルス量が下がるまで休業との方針を決めた。看護師長は、看護部長および事務長にもその旨を伝えた。同日Xは、全身紅斑でC医師を受診し、18日にD医師を受診し、その際の相談で、業務継続は可能でHIV陽性告知は不要と助言された。
 Xは、22日出勤時に看護師長に呼ばれ、A副院長を交えて休業を要請され、情報の漏えいに不審を抱いた。3カ月間の安静加療の診断書が発行され、Xは治療継続し、11月17日には体が痒く、飛蚊症や肛周の小丘疹が残った。別部署の仕事に遺留されたが、院内で知れ渡ったかと恐れ、30日付で退職した。
 翌年、Xは、患者情報を本人の同意なく第三者に提供し(個人情報の保護に関する法律第23条1項違反)、本人の同意なく特定外の利用目的(労務管理)に供した(同法第16条1項違反)医師らの違法行為によるプライバシー侵害を主張して、K大学およびY病院に慰謝料1000万円等を請求し、Kとは金100万円で和解し、Y病院には計1017万余円を求め訴訟継続した。
 裁判所は、診療情報の個人情報としての利用は、患者の治療・療養目的の範囲に限られ、Y病院ではB医師およびA副院長に限られ、本人の同意なくその他への提供は違法(同法第23条1項)で、労務管理上の目的では違法(同法第23条1項)で、A・B以外への情報提供はプライバシー侵害の不法行為と認め、慰謝料を金200万円とした(福岡地裁久留米支判 平成26・8・8)。
 Y病院は、控訴した。裁判所は、「本件情報共有は、同一事業者内における情報提供であるから、第三者に対する情報提供には該当しない」として原審の判断を変更した。プライバシー侵害の慰謝料を50万円とするなど計61万余円に減額した(福岡高判平成27・8・8)。Yは上告し不受理とされた(最三小決 平成28・3・29)。
 厚生労働省のエイズガイドライン(1995年2月20日付、2010年4月30日付)では、感染した医療従事者の就労行為と他の患者への感染誘発の可能性とに関連して、「事業者は…エイズ問題に対する基本的な方針を作り、エイズ対策に自発的に取り組むことが望ましい。なお、労働者が通常の勤務において業務上HIVを含む血液などに接触する危険性が高い医療機関等の職場においては、感染の防止については、別途配慮が必要である…」とされるなど、適切な対応が望まれる。

ページの先頭へ