新連載 福島第一原発 事故後の現場より 現在の課題 ①  PDF

京都大学医学研究科環境衛生学分野教授 小泉 昭夫

多分野の専門家が集結

 2011年3月14日に福島第一原発事故が発生した。このことにより大量の放射性物質(セシウムだけでも19・4×1015ベクレル)が大気中に放出された。私たち環境保健の研究を志すものにこの事件は、非常に大きな衝撃を与え、同時代に研究者として生きるものには何らかの関与をすることが責務と思われた。そこで、京都大学医学研究科環境保健の研究者2人に新たな福島原発事故に対する健康影響を評価するためのプロジェクトの立ち上げを提案した。そのうちの1人は、環境保健におけるち密な研究で名をはせる若手研究者の原田浩二先生であり、もう1人は、やはり若手の大気の移動モデルを自由に操る物理学を専攻するN先生である。おふたりとも積極的に興味を示し、早急に研究費を申請することにした。
 幸い京都大学をはじめとして多くの財団に協力を仰ぐことができた。研究費の目途がついた2011年7月中旬に、京都大学防災研の研究者で、SPEEDI(後述)の開発を行ったJ先生、以前より陰膳方式(後述)で食物由来の有害物評価を行ってこられた宮城教育大学の渡辺孝男先生、環境保健に同じく食物の汚染から取り組む和田安彦先生(高知県立大学健康栄養学部長、現在和歌山県田辺保健所長)と、我々3人の総勢6人の多分野の専門家が参加した。放射能汚染測定機器を自動車に積みこみ、大気粉塵の採取、市販食物および農産物の採取をしながら全県を巡回するキャラバン調査を行うことにした。
 福島県内を訪問する過程で、多くの住民の方々と知り合いになり、その後も研究にご協力いただくことになった。金子利夫さんと奥様との出会いは忘れられない。我々は、川俣町の道の駅で、農産物を購入していたところ、金子夫妻に声をかけていただいた。「どちらから来られたのですか?京都大学ですか。では是非一度、南相馬にも来ていただき放射能汚染の現状を調査してほしい」と申し出ていただいた。早速、南相馬のご自宅にお伺いし、大気粉塵の採取を行った。
 金子さんを含め多くの住民の方々は、祖父母世代は仕方がないにしても、将来のある幼児や乳児には汚染は心配なので、避難させ別居せざるを得ない状況を訴えられておられた。原発事故は、家族のありようまでも変える大きな事件であることをひしひしと感じた。

●プロフィール

1952年7月、兵庫県尼崎市で生まれる。西宮市の甲子園球場のすぐ隣にあった甲陽学院高校を71年に卒業。東北大学医学部78年卒業。東北大学医学部助手を経て、83年医学博士、83年から87年まで米国留学、87年に秋田大学医学部衛生学講座助教授、93年同教授、2000年に京都大学大学院・医学研究科社会健康医学専攻系教授、現在に至る。専門は、環境保健および産業保健。福島第一原発事故後の健康問題を追跡する一方、もやもや病や小児四肢疼痛症などの難病における環境と遺伝要因の相互作用に注目し研究している。2017年度日本医師会医学賞受賞。小学生からの阪神ファンである。

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