裁判事例に学ぶ 感染症に関わる医療安全対策  PDF

医療安全対策部担当理事 宇田 憲司

その1
東大輸血梅毒事件の判決より

 京都保険医新聞3010号(9月25日発行)主張欄の主旨に基づき、感染症に関連する裁判事例を紹介し、医療安全対策の参考となる知見を報知する。ご講読下さい。

 40歳代女Xは、1948年2月5日東大病院産婦人科にて子宮筋腫と診断され、同月9日同摘出術を受けた。身体の衰弱がはなはだしく術前の同月7日8日9日と術後の27日に体力増強・貧血改善に主治医が供血者から100?ずつ採血して、4回輸血した。3月13日頃より発熱、関節痛が生じ、4月8日再入院し、発熱、眩暈、頭痛、眼痛、視力障害が生じ、5月16日の採血検査で25日血清梅毒反応陽性と判明し(初診時検査は陰性)、6月1日より駆梅療法が開始され、9月30日退院した。後遺障害が残り就業困難となり(離婚もあり)、主治医の輸血時の診療過誤を根拠に、国(東大病院)に109万余円を請求して提訴した。
 感染の原因は、2月27日の供血者が血液検査所発行の2月12日付け証明書(結果陰性)を提示し、主治医が「身体は大丈夫か」と問診しただけで採血したが、実は供血者は2月14~15日頃に売春婦との性的交渉により感染の機会があったが、血清反応陽転なく(陽転には6~7週間・最短4週間を要す)、初期硬結リンパ腺腫脹など未発症(発症には3週間を要す)の潜伏期であったもので、後日に陽転・発症が判明した。
 裁判所は、具体的な問診を懈怠した医師の過失を認め、国に42万余円の支払いを命じた(東京地判昭和30・4・22、東京高判昭和31・9・17)。
 国は、上記の諸条件下では、供血者に対する問診を省略するのが当時の医療界の慣行であり、また、「女と遊んだことはないか」と露骨な発問をしても、肯定の答えは期待できないと抗弁した。最高裁は、感染の可能性は問診によってしか判断できず、医師の注意義務としては、慣行によるものではなく、いやしくも人の生命および健康を管理すべき業務(医業)に従事する者は、その業務の性質に照らし危険防止のために実験(際)上必要とされる最善の注意義務を要求されるのは、已むを得ないとして、上告を棄却し原告勝訴が確定した(最一小判 昭和36・2・16)。
 本判決では、医療過誤訴訟における医師の過失の判断基準として、医師の慣行には依らず、医業(療)上の注意義務は、「危険防止のため実験上必要な最善の注意義務」との規範的な判断に依拠するものとされた。医療界は、このような厳しい基準は医師に不可能を要求するものとも批判した。しかし、以後この考え方が定着し、未熟児網膜症訴訟での判決を経て、その具体的な注意義務の基準は、「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」とされ(最三小判昭和57・3・30)、それは、全国一律の基準ではなく、「診療契約に基づき医療機関に要求される医療水準」とされる(最二小判 平成7・6・9)。
 現在、evidence-based medicine の考え方やそれを記載する医学教科書、研究論文やそれらをまとめたガイドラインの記載事項が重視されている。

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