政策解説 医師に対する規制的手法導入か(1)  PDF

医師偏在対策と医療費の地域差縮減
2大テーマが融合し、進む都道府県単位の提供体制管理

パラダイム転換と「ステークホルダー」
 以上紹介したのはほんの要点に過ぎず、報告書本文はとにかく文字数も膨大であり、構成も通常の行政文書とは違って読み慣れず、文意が読み取りにくい。
 いずれにせよ、これほど広い範囲で医療を論じるものとなったのは、ビジョン検討会の立ち上げをめぐる経過を振り返ることでその理由が見えてくる。
 元々のスケジュールでは、開会中の第193通常国会に、医師に対する規制を伴う偏在解消策も盛り込んで医療法改正案が提出される予定だった。先にふれた医師需給分科会の議論の目途もそれに沿ったものだったはずである。しかし突然の「ビジョン検討会」発足でそれが中断されたのである。
 もちろんこの仕打ちに対し、日本医師会はじめ医師需給分科会サイドから怒りの声があがった。「異例かつ非礼」「異常事態」との批判に対し、厚労省医政局はスケジュール変更や説明不足を詫びつつ、「医師勤務実態調査」の結果を踏まえてビジョン検討会で議論すれば、「新たな時代にふさわしい医療・介護従事者の需給推計の在り方の起点」などの成果が得られると説明した。※3 つまり医師需給分科会推計は、あくまで現状の医療保険制度や医療従事者の働き方を前提になされている。だがそれら自体も根本的な見直し対象なのだ。だから根本見直しの方向を明らかにした上で需給推計もなすべき、という訳である。事実、塩崎厚労大臣はビジョン検討会の10月3日の第1回会議の席上、同分科会による医師需給推計を、「無意味な数字」と指摘したと報じられている※4。
 ビジョン報告書発表直後から再開された医師需給分科会でも厳しい意見が出た。
 日本医師会副会長の中川俊男氏は「日本の医療政策の形成過程で、大変なことが起きていると思っている」「政策の形成過程が今回は大混乱した」「元に戻さないと大変なことになる。すでに私的諮問機関があるにもかかわらず、それを凍結して非公開の別の私的諮問機関を立ち上げるのはおかしい」と述べ、「ビジョン検討会」発足の過程自体を批判した。
 これに対し、厚生労働省医政局長の神田裕二氏は「ビジョン検討会の構成員は、直接的なステークホルダーというより、有識者であり、今後の医療のあるべき姿や医師の働き方についての提言をまとめた。直接的な政策決定まではビジョン検討会では行わず、具体的な中身は、各ステークホルダーが参加した場で検討する」と説明した。しかし一方で、例えば診療報酬が関連する事項について「検討会の提言の熟度に応じて中医協に諮り、中医協での協議を経て、実現するかどうかを検討する」と説明しており、今後の政策決定プロセスにおいてこの報告書に一定の意味を持たせることを否定しなかった。※5 医政局長の述べたとおり、医師需給分科会とビジョン検討会の構成員はまったく違う。共通してメンバーとなっているのは産業医科大の松田晋也氏のみである。
 「ステークホルダー」が事実上排された「私的諮問機関」の成果物を、「ステークホルダー」たちを含めた既成の検討会へ提示する意図とは何だろうか。
 次号、検討をしたい。
 ガバナンスの在り方に関し、「医療従事者が、その意欲と能力を存分に発揮できるよう」「キャリアと働き方をフルサポート」するとして、「医療従事者の業務負担軽減や、育児・介護等へのきめ細かな配慮等を行うには、現に医療従事者が働く場である医療機関自身が、必要な人材・労務マネジメント能力を培う、すなわち自助努力と健全な切磋琢磨を尊重すること」を打ち出している。
 医師等の需給・偏在の在り方に関しては、「医師不足」概念の転換が語られている。全国一律の制度設計・サービス提供を志向した従来構造から脱却し、「全国的に保健医療の物的・人的資源を外形的に均てん化する」こと、「人材養成数を増やすことで労働力を確保する」こと、「不足する地域に強制的に人材を振り向けること」を止める。代わって都道府県はじめ、地域自らが需給推計から供給確保までをコーディネートする仕組みの必要性を提言。地域主導でまちづくりと連動した医療・介護基盤整備を進める。さらに都道府県による初期臨床研修の定数設定や新専門医制度研修への関与を強化し、国からの権限移譲を進め、偏在解消策も地域自らが考えられるようにする。
 外来医療も診療科ごとの医師配置状況等、供給体制をデータで把握し、必要な診療科の方向付け等を行う。
 一方で強調されるのがプライマリケア確立である。従来、開業医の担ってきた役割を「一層体系化・明確化された形で」システム化する方向性である。そのために総合診療専門医育成を強化し、将来的に「かかりつけ医すなわちプライマリケアを担う医師を定め、日常の健康問題に関する診療は、まずはこれらの医師が担うこととして、専門診療を必要とする場合には、その紹介によること等」を検討するという。あわせて、「診療報酬におけるアウトカム評価と医療費の定額払い」によって、「地域の医療機関全体にメリットが生じるような医療保険制度の見直し」の検討を打ち出す。
 また審査支払機関の在り方にも触れており、電子的に収集される健診情報やレセプト情報をビッグテータとして活用。「レセプト・コンピューターチェックを標準化・効率化しつつ、充実」し、「審査支払機関が業務集団から頭脳集団に変革」するため「常勤の医療従事者を配置」するという。
 以上のような取組を進める中で、「働く人が疲弊しない、財政的にも持続可能なシステム」構築されるのだと、報告書は語っている。
 厚生労働省は、新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会(座長・渋谷健司東京大学大学院教授、以下「ビジョン検討会」)の「報告書」を2017年4月7日に公表した※1。同報告書は昨年、塩崎厚生労働大臣の意向により、先行して将来の「医師余剰」と「偏在是正」のため医師に対する規制的手法導入を「中間まとめ」(2016年6月3日、本紙2962号既報)で提起した「医療従事者の需給に関する検討会・医師需給分科会」(片峰茂・長崎大学学長 以下「医師需給分科会」)の検討を中断する形で立ち上げた「ビジョン検討会」の手によるものである。ビジョン検討会は報告書取りまとめに向け、15回の会合と16年11月には「医師勤務実態調査」※2も実施した。
 ビジョン検討会の報告を受け、国は医師需給分科会を再開(4月20日)。相前後して「今後の医師養成の在り方と地域医療に関する検討会」(以下「地域医療検討会」)を立ち上げ、議論を開始した(4月24日)。

ビジョン検討会報告が語ったこと
 ビジョン検討会座長の渋谷氏は「保健医療2035」(本紙第2934号既報)をとりまとめた人物であり、本報告書も保健医療2035の流れを汲む内容となっている。
 全編を通じ、頻用される「パラダイムの転換」という言葉。その必要性は次のように語られている。
即ち、日本の医療制度を「高生産性・高付加価値」構造へ転換することにより、その専門性を高め続けるプロフェッショナリズムの下で、住民・患者の価値を最大化できる「働く人が疲弊しない、財政的にも持続可能なシステム」の確立―。そのためのパラダイムの転換である。
 転換の対象に挙げられたのは、①働き方、②医療の在り方、③ガバナンスの在り方、④医師等の需給・偏在の在り方であり、今日の医療にかかわるほとんどすべてである。
 例えば、働き方や医療の在り方に関し、「医師主導による診断と治療中心の医療から転換」という視点が示される。具体的方向性として、「タスクシフティング」と称して、特定看護師育成、「診療看護師(仮称)」創設、介護職員・医療・福祉職養成に「共通課程」を導入、PA(Physician assistant)の創設、薬剤師の役割強化。「タスクシェアリング」と称して、医療・介護・看護の一体的提供の強化。これらによって、医師の生産性と医療の質を高めるのだという。

※1  検討会報告書は厚生労働省ホームページで閲覧できる。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000160954.html
※2  調査結果は厚生労働省ホームページで閲覧できる。
http://www.mhlw.go.jp/fi le/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000161146.pdf
※3 m3.com 2016年12月8日(木)配信
※4 m3.com 2016年10月20日(木)配信
※5 m3.com 2017年4月20日(木)配信

ページの先頭へ