医師が選んだ医事紛争事例 55  PDF

医療は時間との闘いです

(30歳代前半女性)
〈事故の概要と経過〉
甲状腺腫瘍で入院して甲状腺腫に対し甲状腺左葉切除術を施行した。良性腫瘍手術に準じて施行し、リンパ郭清は施行しなかった。止血の確認後、ドレーンを留置して手術を終了した。手術に要した時間は約1時間30分であった。術後に咽頭ファイバースコープで声帯運動は良好で気道狭窄のないことが確認されている。同日に呼吸苦の訴えがあり、咽頭を診ると左披裂部がやや腫脹していた。40%6のO2投与でSpO298%。腫脹軽減目的にソルコーテフ400㎎投与、ステロイド吸入したが、確認のため患者を訪床するとチアノーゼが発現して、間もなく呼吸停止となった。
主治医ではない他の耳鼻咽喉科医師が気管挿管を試みたが、挿管ができなかったので緊急コールして麻酔科医師によりマスクホールドで気道確保しチアノーゼは改善した。この間に要した時間は5~10分であった。
その後、気管切開・止血・血腫除去術を施行。出血は反回神経進入部付近よりの静脈性であったことが判明した。頚部にドレーンを留置して手術を終了。ラジカットを投与して低体温療法を開始したが、意識障害、間代性痙攣が発症し、続いて意識混濁、痛み刺激で除脳硬直が認められた。CT検査をしたが脳に異常所見は認められなかったので低体温療法を再開した。その後ドレーン抜去、人工呼吸器離脱した。患者の意識は清明であり食事も自分で摂れるが、全身に痙攣があり、歩行と会話がやや困難となった。
患者側は弁護士を介して賠償請求してくるとともに、早く帰宅できる状態になることを希望した。
医療機関側としては、以下の点を過誤と考えた。
①呼吸苦が認められた時点で、血腫を疑い迅速に気管切開・止血・血腫除去術を施行すべきだった。仮にこの時点で再手術を施行していれば、低酸素脳症を回避できた可能性は極めて高い。
②呼吸状態悪化時の挿管に5~10分もかけて結局失敗に終わっているが、時間を掛け過ぎた。もっと早い時間に挿管を諦めてマスクホールドするか、最初からマスクホールドすべきであった。なお、挿管ができなかったのは浮腫が原因と推測される。
ただし、手術の手技に問題はなく、術後もドレーンを留置し気道狭窄のないことを確認しており、患者の急変が非常に早く不可抗力の側面もあるので100%の過誤とは考えなかった。
紛争発生から解決まで約3年7カ月間要した。
〈問題点〉
医療機関側が主張する①②は認められると考えられた。したがって医療過誤は認めざるを得なかった。
〈結果〉
症状固定を待って、賠償金を支払い示談した。なお、真摯に話し合いを重ねた結果、賠償金額については患者側の請求額の半分程度とすることで、双方が納得する結果となった。

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