裁判事例からの考察 8  PDF

医師・患者間の信頼関係の欠如は診療拒否の正当事由となり得る

医師・医療機関側が原告となった説明・診療に関わる債務不存在の確認の訴訟を紹介する。
2006年6月男性Yは、腰部から大腿部にかけての痛みや右大腿部の痺れ等を訴え、I内科整形外科病院を受診し腰部脊柱管狭窄症と診断され、8月同理事長で院長の整形外科医師Xから形成的椎弓切除術を受け、年内には月1~2回神経根ブロックなどの治療に通院した。その3年半後の10年6月、病院に来院し、他院への通院に必要とのことで診療録、レントゲンやMRI画像、手術の録画記録の開示と手術の説明を求め、医事課長から医療記録の交付を受け、更に、X院長の診察を求めた。1カ月後診察を受け、手術が問題なく経過したとの説明に対し、交付された画像が自分のものか不明で全部の提供を要求した。そこでX院長は説明が信じられないなら、然るべきところに訴えるなり、質問事項を書面で出すように伝え、診察・説明を終了した。3カ月半後に知人と来院し、やり取りの中で患者が次第に大声を出し、警察が呼ばれた。更に1カ月後、警察を呼んだことを謝罪したうえで、説明会を開催したが、患者は院長の説明が信用できないとしつつ、今後も院長からの口頭での説明を求めた。その後も、患者からの苦情の書面があり、院長からの診療拒否通知に対しては、診療拒否をせず医療情報を隠匿せず開示を求める書面回答があり、12年12月18日まで診察・説明を求める13回の来院があった。そこで、Xは、初診日から年内の診療期間および再診日から最終来院日(12年12月18日)までのこの患者被告Yの診療に関わる診療義務、問診義務、説明義務等の診療契約上の債務および損害賠償義務の不存在の確認訴訟を提起した。
裁判所は、Yは手術の説明に納得していないが、手術の医療行為に問題があったとする具体的主張はなく、それによる損害賠償義務の存在は認められないとした。また、説明義務はすでに果たされており、診療義務・問診義務については、被告は医療記録の開示と説明を求め、それらに不審を抱き、謝罪を求める等、病院が患者に対して医療行為を行う上での基礎となる患者と医師・医療機関との間の信頼関係は、もはや適切な医療行為を期待できないほどに破壊されているとされ、そのことからXにはYからの診察の求めを拒否する正当な事由があるとして、応召義務に違反しないと認めた(東京地判平成26・5・12)。
先例(本紙2983号、考察⑥)においても、診療契約において、患者は身体や生命という重要な法益を医師に託し医師とともに継続的に治療を行うのであるから、診療の実施に当たっては医師・患者間に信頼関係が必要とされ、診療を実施する者が医療機関の場合には、診療に当たる個々の医師とともに医療機関との信頼関係を必要とされると解するのを相当としており(青森地裁弘前簡判平成23・12・16)、患者と医師・医療機関との間の信頼関係の欠如を以て診察の求めを拒否する正当な事由の一つとされる。ただし、診療を求める患者に生命・身体の状況に緊急性が欠如し、自院以外で受診が可能な代替機関の存在が必要とされ、注意を要する。
(医療安全対策部会 宇田憲司)

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