北丹より⑤医師の診る風景 瀬古 敬 丹後半島の病院医療と地方創生(2)  PDF

現代医療は広く極力深く実行しようとつとめる医療と、専門分野を深く究め、その該博な知識を活用して実行しようとする学者的医療の相互協力ですすめられている。日本内科学科誌4月号の新内科専門医制度では、新専門医には①科学的エヴィデンスに基づいて病気を分析・理解し正しい診療を行えること、②生涯学習が求められる、③日々進歩する医学知識・技術をよく理解していること、④年2回以上の学会参加のこと、⑤患者には温かい人間性をもって接し、全人的医療を実践できるための教養や人格を涵養すること、⑥医師以外の医療スタッフとも良好なコミュニケーションをとり、信頼される医師としてチーム医療において中心的な役割を果たす能力を備えること、⑦年間3演題以上の学会発表をすること、⑧First authorまたはCoorresponding authorとして臨床研究論文を書くこと―などを求めている。採算制をあまり要求されない公立病院か、私立でも組織内相互援助が可能で、採算上調整のはかれるしっかりしたネットワークの中に組み込まれるような病院が求められる。
日本には離島6847、有人の離島が421、そのうち医師がいるのは58%、また限界集落10091、内10年以内に消滅するであろう集落が454ある。こうした地域に医療をどう供給していくか。徳洲会病院団、武田病院グループ、聖隷事業団、民医連のネットワークなどがあり努力されている。条件が許す限り追求されてよいと思うが、そうした強力なネットワークであると思われた徳洲会の系列医療機関が、この4月に丹後の地から撤退した。赤字になると、市議会などで自民党から共産党まで賛同され税金が投入され助けてもらえる公立病院のような仕組みのない、採算性を要求される私立の組織の限界を示した。
医療の成立条件には地域経済の繁栄が前提である。地域経済の発展に医療は不可欠である。東京一極集中の中で地方をどのように発展させていくかは難しい。国家百年の計を述べる。全寮制の半官・半民の丹後地方創生総合大学(仮称)をこの地に設置するのがいい。紙数の関係で詳説しないが、農林学部、水産学部、理工学部、経済学部、地方文化学部、などとともにその趣旨に沿う医学部(パラメディカルの教育を含む)を付設して地方の経済発展、文化の振興、医療に情熱を有する、ストイックな学生だけをとる。ここを基盤に全国の僻地医療を支援していく、ということで設置すべきだ。なぜ丹後につくるか。お伊勢参りの際の伊勢神宮の案内誌にもあるが、産業の神様、豊受之大神は伊勢神宮の外宮にも祀られている丹後の神様である。天の橋立はイザナギ・イザナミの神様が高天原と瑞穂の国日本をいききするときにおつかいになった橋の名残である。日本一の由緒のある地、ここに地方創生、日本再生の理念を柱にした、研究、開発とその実践をめざす、空港と港湾(離島・僻地対策に資する)付きの広大なキャンパスをもつ大学があってしかるべきである。

筆者プロフィール
診療科:神経内科、内科
1941年静岡県浜松市生まれ。1965年京都大学医卒。京都大学付属病院にて臨床研修、京都市立病院内科勤務、内科学会認定専門医、神経学会認定専門医、京都大学より学位授与、京都市立病院内科神経(神経内科)部長をへて、1988年5月より佐久間病院院長就任、2008年特定医療法人三青園理事長・丹後ふるさと病院(改名)院長、趣味:読書。座右の銘:No kernel of nourishing corn can come to him but through his toil bestowed on that plot of ground which is given to him to till.(Ralph Waldo Emerson)

ページの先頭へ