私のすすめる 対話型ナガラ会話 宇田 憲司(宇治久世)  PDF

対話とは げに難しきものよ

妻に友人から山登りをしたと電話があったとか。
学生時代のスポーツクラブがワンダーフォーゲル部で山歩きには興味があり、さっそく質問した。いつの山? 何月? 季節は? どこの山? 富山? 北山? 海外の山? 誰と行ったの? それとも独り? 何故行ったの? 調査? 観光? 何を登ったの? 雪? 岩? 沢? それとも道を歩いただけ? どんな風に行ったの? テント担いで? 山小屋泊りで? 途中まで車? すると突然、「あなたとは会話したくない!」と妻の声が響く。これは、中学2年生で習った5W1Hは要確認の基本事項ではないか!?「そうかそうか? はいはい、よしよし! と何故言えないの?」と逆襲が始まり、ソクラテスの対話法をかいつまんで説明して応対する。なるほど、会話とは少し違う。
一番困るのは、赤ん坊との会話で、初孫と「Y君、可愛いね!」だけでは間が持たない。そこで、会う度に日本国憲法前文を暗唱して聞かせた。勿論、声の質は優しく目元・口元をソフトに、ではある。また、情操教育的には、藤村詩集から七五調の「まだ上げ初めし前髪の…」(初恋)と口ずさみ、五七調では「小諸なる古城のほとり雲白く…」(千曲川旅情の歌)と、また、単調に堕さぬよう薄田泣菫の「ああ大和にしあらましかば…」と唱詠する。その効果に、Y君は2歳頃、「日本国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し…」と喋ったとか、喋らなかったとか。
日本国憲法前文といえば、両親が他界した年から4年間、仏教系の短大でスポーツ医学の講義を担当させてもらい、冬休みの宿題にこれを暗唱しようと提案したところ、教師虐めの好きな学生から、自分らは日本語でするので先生は英語ですればと逆に宿題をもらった。教師は学生に言うだけ、大人は勝手とならぬよう、年末年始のペルー旅行のバスの中で高山病に苦しみながら、“We, the Japanese people, acting through? our duly elected representatives…”と開始した。次の年度は、初めからリンカーンの「人民の人民による人民のための政治」はゲッティスバーグ演説の英文とし、タイからカンボジアに向かう自動車の中でブツブツ言いながら覚えた。その次の年は、般若心経262文字を提案し、サンスクリットでは、岩波文庫の22行中7行だけ印度で覚えると約束したが、幸か不幸か、印度航空機の到着が大幅に遅れて旅行は取止めで、次年度に持ち越し今も格闘中である。
卒業生には尋源研修と称する本山参拝がある。2回目の参学時には、一枚起証文と四誓偈220文字を暗唱して唱詠し、御影堂への志納瓦に下手くそな文字ながら「世界平和を!」と書きおいた。4年目は、憲法第9条から第14条1項までとし、再アタックした印度旅行中に暗唱した。
本業の外で、学識経験者として実証的な知識を論証的に将来ある若者・み仏の子らにも伝え、また吸収でき、研究紀要への論文掲載もでき、感謝に堪えない。短大から戴いたものは、自分だけの宝としてはならず、この夏2枚目の瓦に「家内安全、一病息災、学問成就」と筆書きしたが、秋には、宇田家先祖代々諸精霊のためのみならず母方の祖母・叔父で絶えてしまった松尾家・福田家のために伝法袈裟寄進の予定である。
さて、仏Buddhaとの対話は、如何なるものとなろうか? 十善戒はできませんねと言えば、「そうかそうか」とにこやかに、「はいはい、よしよし」との会話を、妻同様やっぱり自分も期待している今日この頃である。

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