[理事提言]専門医不在時の応召(医療安全対策部会・宇田憲司)  PDF

「裁判事例に学ぶ医事紛争の防止」の第11回で「応召義務違反と責められたら」(本紙2865号)を採り上げたが、裁判事例に学ぶ医療安全の向上に、応召義務違反に関連する事例を紹介する。これには、例えば、救急告示病院の事務担当者から「夜間で専門医が不在の場合やベッドが満床の場合にも応召義務はありますか?」と相談する事例もある(知恵袋・相談コーナー62、比較法研究センター)。まず、専門医不在の場合の事例を挙げる。
81歳女性Aが、1973年3月22日から3日間、市立Y1病院で心不全および不眠症で入院治療を受け、3月26日より5回、心不全・腹痛などでY2医師の往診を受けた。4月25日午後2時頃から自宅で高熱を発し心臓発作を併発し、3時頃近医の往診を受け入院治療が必要で、介護者Xは指示を受けY2医院に架電して診療を求めたが医師は往診中で、5時頃症状が増悪し、Y1病院に架電し診療を求めたが、電話受付担当事務員Hから医師が不在で診療を拒否された。そこで、Y1市役所に電話して事情を述べ、再度Y1病院に架電してHから、「かかりつけの医師に診察してもらい、その結果を、医師よりY1病院に連絡してもらうように」との回答を得た。Xは、Y2医院に架電して入院にはY2医師の診察を要する旨伝え、7時20分頃救急車でY2医院に受診した。当時、待合室には患者が8~10人で、Y2医師は診察中の患者を数分で済ませ、待合室の畳の上で体をくの字に折り曲げ苦痛を訴えるAの診察を開始した。体温39・6度、脈拍98/分、血圧152/90、強度の腹部痛、心臓の雑音、軽度の意識混濁があり、動かすことができず心電図、尿検査はできなかった。心筋障害による急性冠不全症状などと診断し、ブスコパン、アクロマイシン、ペルサンチンが注射された。危篤状態で入院治療を要し、8時過ぎY1病院に架電させたが、その旨の事務引き継ぎなく、入院拒否され、Y2医師は、当直医(脳外科専門)に電話で容態・治療措置を説明したが、当直医は外科医で、内科医がいないこと、交通事故受傷の重症入院患者がいて人手不足であり、Y2医師にもXにも入院を拒否した。そこで、他の6病院に電話連絡して、T病院が入院を承諾し、Aは10時30分ころ体温40・4度で、救急車でY2医院を出た。11時15分T病院に到着し治療開始されたが、翌日午後6時20分死亡した。
そこで、Xは、Aが適切な治療を受けられず死亡した精神的肉体的苦痛および死亡への慰謝料として計1000万円をY1およびY2に請求して提訴した。
裁判所は、診療・入院の諾否は医師の判断によるものでH事務員の回答は条件付き診療契約の締結とはならず、当直内科医の不在は不法行為とはならず、応召しなかったことも不法行為とするには疑問があり、脳外科医は重症患者の治療に追われており、容態からは内科医の治療が適切と判断したと推認でき、やむを得ざる入院拒否とされ、Y2診療所は、施設が台風で破壊され入院できず、外来診察・治療のうえ入院先病院を探す努力もあり、相当と認め、請求を棄却した(名古屋地判1983・8・19)。
本事例では、内科専門医による入院治療の開始の遅れが問題となったが、Y2診療所では薬剤治療が開始され、脳外科医のみ当直のY1病院は入院を断ったが、内科医のいる他病院で治療が継続された。非専門医が他科の診療を行う場合、専門医の医療水準が要求され(大阪地判1963・3・26)、診療について医療水準にない場合や疑義が生じた場合は、専門医への対診や他の専門医療機関への転送を要する(最判1995・6・9、療養担当規則第16条など)。

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