かんぽう趣談 六  PDF

田中 寛之(舞鶴)

猛毒か特効薬か
 落語に「附子」という有名な演目がある。
 贅沢品であった砂糖を使用人が勝手に食べないように、主人が砂糖のことを猛毒の附子だと偽っていた。嘘を見破った使用人は、主人の留守中に砂糖を全部平らげてしまう。さらに主人の高価な壺を故意に割った。そして主人の言ったことを逆手に取り、「壺を割ったことを死んで詫びるために、附子を食べてしまった」と言ってのけるのだ。

 ここで出てくる「附子(今はブシと読む)」は現在でも漢方薬として頻用されている。附子はトリカブトの根を加工したものであり、体を温めたり、体力を鼓舞したりする作用を持つ。
 一方、やはりトリカブトは強力な毒性を有する。摂取すると最初は舌がしびれ、めまいを起こし、重症不整脈や呼吸麻痺で死に至る。わずか1グラムが致死量だそうだ。私自身、以前、野生トリカブトをちょっと舐めてみたことがある。1時間くらいは舌がしびれて怖い思いをした。トリカブトはその辺りの山に自生しているので山菜や薬草と間違って誤食する事故も珍しくない。
 さて、その猛毒、附子であるが、そのまま使うともちろん毒性が強すぎて危な過ぎる。そこで先人たちはさまざまな工夫を凝らし、薬効は残して毒性を減らした。加工法として現在行われているのは
 (1)高圧蒸気処理により加工する
 (2)食塩、岩塩または塩化カルシウムの水溶液に浸せきした後、加熱または高圧蒸気処理により加工する
 (3)食塩の水溶液に浸せきした後、水酸化カルシウムを塗布することにより加工する
 である。加工のおかげで現代では副作用による健康被害はほとんどない。が、稀に報告がある。多くは減毒処理が弱い附子を用いたことによるものである。
 なぜわざわざ減毒処理が弱い附子を使うのか? それは減毒処理により附子の薬効も多少落ちる(と考える人がいる)からである。確かに少し強い薬の方が効きそうな気がするのはよく分かる。実際、昭和30年代には当時の植物学の権威が、強壮目的で服用していた附子による中毒で亡くなっている。
 良薬が口に苦過ぎた、ということか。

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