医師が選んだ医事紛争事例 195  PDF

関節鏡手術で神経血管損傷
原因究明せず大腿切断に至った事例

(30歳代後半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は右膝疼痛のため本件医療機関を受診し、MRI検査で右膝後十字靭帯断裂の所見があったため、関節鏡視下で半腱様筋腱および薄筋腱を移植する後十字靭帯再建術を受けた。術中、主にシェーバーを用いて脛骨側の後十字靭帯付着部の郭清・デブリメントが行われたが、執刀医らはシェーバーの使用時に出血を確認した。しかし、シェーバーは関節鏡の視野内で使用し、関節包を超えて操作しなかったとのことだった。その後、手術閉創直前にタニケットを解放すると関節鏡視のポータルの創から吹くほどの出血があったため、手術助手を務めた担当医は血管損傷の可能性を疑い創の開放・確認を提案したが、執刀医は「神経血管損傷はしていない」との見解を示して経過観察とした。なお、手術記録では後内側ポータルから静脈性と思われる出血を認めたが、手術手技上、膝窩動脈などの主要血管を傷つけた可能性はなかったとし、5分間の圧迫止血後、皮下、皮膚縫合を行い閉創し手術終了したとの記載であった。
 しかし、術後直後から右足関節、足趾運動の低下、下腿以遠の知覚低下があり、翌日には右足趾の運動・感覚低下があり、指先は感覚消失していた。さらに、下腿以遠の腫脹もあり、担当医は関節鏡手術による出血、長時間のタニケット使用、水圧ポンプの使用によるコンパートメント症候群を考え、1日経過を見たが改善されなかった。術後2日後には、MRI検査にて右膝窩部に血腫を認めたため、緊急手術を行った。手術では筋膜を切開した際に大量の血腫が噴出し、内部を探索すると新鮮な出血を認めたため、タニケットで止血したところ膝窩動脈の完全断裂および膝窩部での神経断裂を認めた。断裂部は鋭利な切断ではなくささくれ立ち様であり、断端部処理の上、神経・動脈縫合術を実施した。また、膝窩静脈は血管壁の損傷があったため修復し、膝窩部は緊満して閉創できなかったため人工真皮を貼りつけ手術を終えた。翌日、患者側に血流不全による下肢切断の可能性を説明した上で、A医療機関に転院となった。
 本件手術約3週間後には、右下肢血行障害などの改善のため、血管・神経剥離、神経移植術などが実施され、ヒラメ筋の筋壊死が一部見られた。術後約4週間後には創より排膿が生じ、膿瘍と高熱が続いたため病巣切除や持続洗浄術が施行されたが、改善が得られず、術後約7週間後に右大腿切除術(大腿1/2以下)が行われた。切断後、徐々に改善し、義肢の装着状態でB医療機関に転院となった。
 患者側は手術にて骨孔を開ける際の手術器具の操作に慎重さが欠けており、また術後速やかに膝窩動静脈の損傷を発見し、8時間以内に血行再建を行う注意義務に違反したため、右大腿切断を余儀なくされたとして損害賠償を求めた。
 医療機関側は関節鏡手術の閉創直前に執刀医が神経血管損傷の可能性を否定したため、神経血管を修復する手術のタイミングが遅れ、
大腿部切断に至ったことは否定できないとして、過誤を認める見解を示した。
 紛争発生から解決まで約1年1カ月間要した。
〈問題点〉
 後十字靭帯損傷に対する手術適応、手技等の手術経過で特に問題はなかった。しかし、本件医療機関も認めているように、手術閉創直前に関節鏡視のポータルの創から出血を認めていたにもかかわらず、執刀医が神経血管損傷の可能性を否定し助手の医師もそれに同意して閉創した。仮に、その時点で造影CT等の検査を実施し血管損傷を確認できていれば、もっと早い段階で再手術に踏み切ることができ、血行再建により大腿部の切断を回避できた可能性は否定できない。その点で医師の判断に注意義務違反が問われても仕方がないと考える。
〈結果〉
 医療機関側は過誤を認め、賠償金を支払い示談した。

ページの先頭へ