医療制度構造改革と国民健康保険制度
国民健康保険法第1条は「社会保障及び国民保健の向上」を謳う。すなわち国民健康保険制度(以下「国保制度」と表記)は相互扶助や単なる「保険」でなく、公的責任に基づき運営されるべきものである。
1961年の「国民皆保険達成」以来、「市町村」を保険者としてきた同制度が都道府県化されたのが2018年。小泉医療構造改革の「都道府県単位の医療費適正化(抑制)路線」に合わせた改革であり、都道府県に医療計画を通じた医療提供体制整備とともに保険財政の責任を担わせるもの(都道府県の構造改革主体化)であった。以降、都道府県は地域医療構想や医師確保計画の目標を課され、保険財政をにらみながら効率的な医療提供体制作りを担ってきている。このように国保制度を含め、あらゆる医療制度は常により大きな国策に翻弄される。
保険給付費の伸び以上に増加する一人当たり納付金
今日の国保制度では、都道府県は財政運営の責任主体として、都道府県内の国保の保険給付費等の見込みを立て、市町村ごとの納付金額を決定する。市町村は納付金を支払えるだけの財源確保に向け、保険料率を決定し、被保険者に保険料を賦課・徴収する。その代わり医療サービスに必要な費用は都道府県が負担する仕組みである。
2025年1月30日に公表された京都府の2025年度納付金は府全体で対前年度比104.2%、一人当たりで107.57%であった。府資料によると、歳出は保険給付費や後期高齢者支援金等が対前年度比28億円減少。一方で、歳入は前期高齢者交付金(財政調整1)が対前年度比49億円減少(国保に加入する前期高齢者が減少)、「高額医療費国庫負担金制度の見直し」2による減額のため対前年度比57億円減少した。
図を見ると京都府の納付金は2021年度以降、基本的に上昇基調である。一方で保険給付費はほぼ横ばいであるが、被保険者数が減少し続けている。2025年度の納付金算定にあたり一人当たり納付金の伸び率が納付金全体のそれを上回るのは主に被保険者数減少によるものであろう。その要因の一つはいわゆる団塊の世代が後期高齢者医療制度へ移行したことである。だが別の要因もある。「全世代型社会保障改革」による「被用者保険の適用拡大」である。
被保険者数減少で危ぶまれる国保制度の存続
国保加入者(世帯主)の職業別構成割合を見ると、1965年度は農林水産業42.1%、自営業25.4%、被用者19.5%、その他6.4%、年金生活者等無職者が6.6%であった。しかし2022年度は農林水産業2.1%、自営業16.5%、被用者32.0%、その他4.0%、年金生活者等無職者が45.3%と様相が一変している3。国保制度は農林水産業・自営業者中心から高齢・無職者中心の制度へと変化してきたのである。ここに至る経緯には、大きく日本の産業構造の変化があり、一方で実施されてきた被用者保険の適用拡大や後期高齢者医療制度創設の影響がある。
被保険者数も減少の一途を辿っており、2006年度の3,678万人をピークに17年度には3,000万人を割り込み、23年度速報値では2,373万人にまで減少している。22年10月実施の短時間労働者の被用者保険適用の企業規模要件の拡大の際には、実施後3カ月で87.7万人の国保加入者が脱退、被用者保険に移行した。そして今また開会中の通常国会に、さらなる企業規模要件の緩和を盛り込んだ法案が提出予定である。24年12月12日開催の厚生労働省社会保障審議会医療保険部会の資料によれば、国が目指す「賃金要件撤廃」「企業規模要件撤廃」「非適用業種解消」を全て実施した場合、110万人の国保加入者が被用者保険に移行する見込みである。全国国保組合協会の渡邉芳樹会長は2024年の同協会全国大会で「勤労者皆保険を本当に徹底すると、国保は低所得者ばかりの保険となり、運営は極めて困難で制度の廃止にもつながりかねない」と指摘している4。
「全世代型社会保障制度イデオロギー」の下で公的医療保険制度が階層化する危険
国保制度は高齢・無職者を中心とした制度へ変質し、被保険者数減少が保険給付費の縮小につながる面もあるが、それでもなお担税能力の低い被保険者が少人数で保険財政を抱えざるを得ない(納付金・保険料のさらなる高額化)状況に陥ることは不可避である。まさに国保崩壊につながりかねない事態だが、国は積極的な対策を打つ気配がない。
国は国保制度の将来をどのように考えているのか。
先に指摘したように国保も含めた医療・社会保障制度は常により大きな国策の中で翻弄される。医療費抑制政策が転換されない限り、国・自治体は国保制度を「持続可能」にするためにこれまで同様、保険給付範囲の縮小、診療報酬引き下げ、患者負担増、医療体制の効率化といった給付抑制に腐心するであろう。
一方、今日の医療制度改革が「全世代型社会保障制度改革」として推進されていることに注目が必要である。
「全世代型社会保障」は、年齢に関わりなく、全ての国民が、その能力に応じて負担し、支え合うことによって、それぞれの人生のステージに応じて、必要な保障がバランスよく提供されることを目指すものであり、給付は高齢者中心、負担は現役世代中心となっているこれまでの社会保障の構造を見直していく必要がある。
全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋
(改革工程)
「給付は高齢者中心」と書けば、あたかも高齢者が優遇されているように受け取れる。だがそれは正しくない。紙幅の都合で詳細は別の機会に譲らざるを得ないが、日本では高齢者はおろか、いかなる世代も必要十分な社会保障を享受していない。それはさまざまな統計・調査から明らかである。しかし「全世代型社会保障イデオロギー」は日本社会に「若年世代」と「高齢者」の対立を生み出し、高齢者への差別・排除意識を醸成してきた。多くの人が「若年世代」の負担を減らすために高齢者の医療を抑制することが正しいことであるかのように錯覚させられているのである。
そして、全世代型社会保障改革は経済成長に動員するためにできる限り全ての国民が「働く」ことを推奨する。これらを前提に国保制度の将来像を考えると最悪のシナリオが浮かび上がってくる。
「勤労者皆保険」は高齢者・障害のある人も含め「働く人・働ける人」を被用者保険に迎え入れ、「働かない人・働けない人」を国保に加入させる政策である。突き詰めれば国保制度は無職、障害のある人、高齢者等といった総じて所得が低く、疾患にかかりやすい人たちを中心とした健康保険制度になってしまう。つまり公的医療保険制度が事実上「階層化」するのである。
もしも、国が「階層的な保険制度」構築を意図的に目指しているとすれば、その目的は何であろうか。
労働力人口の確保のために可能な限り多くの人を「働かせる」ことに重きを置く全世代型社会保障の考え方からすれば、社会保険制度は国保制度に比べ「優れている」必要がある。なぜならどんなに低賃金でこき使われていても「国保加入者より自分はましだ」と思わせなければならないからである。こうなると財務省が生活保護受給者の国保加入を求める意味も分かってくる。医療扶助では「ジェネリック医薬品」が原則化され、保険外併用療養も認められない「劣等処遇」が採られている。「劣等処遇」をそのまま国保に持ち込めば医療サービスにさらなる格差が生じる。これは「いつでもどこでも誰でも保険証1枚で」の皆保険制度の終焉を意味するであろう。
権利としての医療保障を実現し得る制度を目指す
以上は私的な仮説に過ぎない。だが全世代型社会保障改革の持つ危険性、国保をめぐる国の動向をパッチワーク的につなげれば、自然と立ち上がってくる仮説でもある。
本来、国保制度は全国民対象の社会保障制度である。それが崩壊の危機に立たされる今、その抜本的改革を目指す運動が求められる。
最後に福祉国家構想研究会が提起する「福祉国家型医療保障制度」の「7つの原則」5をあらためて確認しておきたい。
●全国民対象の統一保険(保障)制度であること
●財政責任は国が持つこと
●一部負担金制度を廃止すること
●給付管理は基礎自治体が行うこと
●保険料は所得に累進的に比例する方法で計算し、かつ最低生計費に食い込まない水準にすること
●全国統一の現物給付とすること
●医療提供体制は保険財政状況と無関係に「全国医療整備計画」により整備すること
(中村暁・福祉国家構想研究会事務局長)
1 【前期高齢者交付金】保険者間において生じる前期高齢者(65歳以上75歳未満)に係る医療費の不均衡を調整する仕組み。前期高齢者加入率の全国平均を基準とし、前期高齢者加入率が全保険者平均を下回る保険者は前期高齢者「納付金」を納付し、前期高齢者加入率が全保険者平均を上回る保険者には「交付金」が交付される。
2 【高額医療費負担金】1件80万円超のレセプトが発生した場合、国と都道府県が1/4ずつを負担する保険者対象の支援制度。財務省は「廃止も含め抜本的見直し」を求めている。
3 出典:第183回社会保障審議会医療保険部会(2024年9月30日)資料1
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001309905.pdf
4 「国保新聞」(第2423号・2025年2月20日)
5 『誰でも安心できる医療保障へ』(二宮厚美・福祉国家構想研究会 大月書店)