対抗軸を探る 12 島根大学法文学部教授 関 耕平  PDF

生態系の中で営まれる農林漁業の再建
持続可能な食と農を求めて

 岩手県大船渡市の山林火災による深刻な被害が広がり、焼失した面積は市全体の9%に達している(本稿執筆の3月12日時点)。昨年8月、山林火災で避難指示が出された大船渡市の越喜来地区にある漁港を訪ねた。てっきり東日本大震災からの復興を成し遂げていると思いきや、意外な“脅威”にさらされ、漁民たちは苦悩していた。
 気候変動による海水温の急激な変化に漁業がついていけなくなり、漁獲高が激減、高齢化も深刻で、7人の漁業者のうち後継ぎがいるのは2人にとどまるなど、将来展望が見いだせないというのである。ホタテの養殖に取り組んできたその漁港では、海水温の変化や貝毒の発生によって水揚げが文字通りゼロとなる事態となり、50年以上の経験を持つ漁民も、初めてのことだと頭を抱えていた。
 気候変動は海水温の急激な変化だけでなく、極度の乾燥をもたらし、今回の山林火災拡大の背景にもなっている。自然生態系と向き合う第一次産業と農山漁村が、真っ先に気候変動の被害に直面している。
 農山漁村はこうした気候変動による異変に誰よりもいち早く気づき、強い危機感を持って対応しようとしている。重油を使ったハウス栽培で季節外れの野菜を作り高く売ったり、化学肥料や農薬を大量に使う従来型の「工業的農業」を克服し、有機農業やアグロエコロジー(自然生態系を生かした持続可能な農業)と呼ばれる取り組みが広がっているのだ。
 実際にこうした実践を行っている島根県の中山間地域の農家では、裏山から薪を切り出して採暖し、その木灰、牛糞、米ぬかや落ち葉を混ぜ合わせて作った有機堆肥を田んぼに投入し、牛の餌は稲わらやあぜ草を活用することで輸入飼料や化学肥料を使わず、地域資源を循環的に利用しながら営農を行っている(図)。また、殺虫剤を使用せず、ツバメ、クモやカエルによってウンカ、カメムシを防除したりと、自然生態系と両立可能な生産にこだわって消費者とつながり、誇りを持って農作物を作っている。
 この農家の30年間の帳簿から経営実態を分析したところ、輸入飼料や化学肥料を使わないことでコストが削減できるだけでなく、値段が高くとも安心・安全なお米を消費者との信頼関係に基づいて直接取り引きすることで、経済的にも持続可能な経営となっていた(ちなみに我が家もこの農家からお米を買っているが、昨今の米価高騰で、今となっては格安でおいしいお米が入手できている)。
 こうした取り組みを「点」にとどめることなく、「面」としてどう広げていくか、今後の課題である。国の政策はこうした小規模家族経営への支援を打ち切り、大規模型の「工業的農業」の育成に拘泥している。戸別所得補償の復活や直接支払いといった福祉国家型の農政の確立が不可欠である。また、学校給食・病院入院食、独居世帯への福祉型配食サービスなどの食材の公共調達によって、有機農業に取り組む地元農家を買い支えるといった自治体政策も求められる。
 言うまでもなく、「食べること」を通じて、消費者や都市住民も農山漁村とつながっている。卑近な例だが、冬に季節外れのトマトやキュウリのサラダを食べて喜んでいないで、根菜を食べるといった自然生態系の論理に従ったライフスタイルの確立を含め、農産物流通・消費における構造転換もまた必要である。「食べること」を通じた社会変革をいかに実現するか、私たちに問われている。

島根県における自然生態系を生かした持続可能な農業の概略図
出所:東 芙花さん
(島根大学法文学部・学生)作成

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