自転車とスケッチ 11 最終回 山下 元(乙訓)  PDF

輪行:サイクリング公共交通機関を使ってサイクリングを始める所まで自転車を持って移動する事(広辞苑第七版)

和歌山県を輪行散歩

 和歌山県は大海原に面しています。海沿いをずっと紀勢線が走っているので、京都からも日帰りでサイクリングできます。都合のよい駅で自転車を組み立て、都合のよい駅で自転車を畳む輪行です。ただ和歌山は広い。三重県近くの新宮や熊野まで足を延ばすとなると、一泊が必要となります。
 「紀州はよいくに日のひかり」
 童謡を口ずさみながら42号線を南下していると、御坊を過ぎる頃から道端の植物が亜熱帯的になります。葉が広く丈が高い。朝に京都を出たところなのに、はや自転車で南国にいる気分です。
 午後になると紀伊水道側の海は、西に傾いた光を浴びて銀色に輝きます。あちこちに光る海に向かって釣りをする人影が見えます。じっと岩場に糸を垂れる姿には、仙人風情が感じられて羨ましい。無闇に自転車を漕いでいる自分が軽薄に思えてしまいます。
 本州の最南端は潮岬です。岬の先端への観光道は波打ち際にありますが、半島の背中にあたる高台には潮岬の町の生活道があります。ある年の2月末、周参見から岬への輪行で、その集落に至りましたが、格別でした。まさに春の夕刻。空気が異質です。黒潮のせいか吹く風の温度や匂いもまろやか。右側の家並の向こうにも、左側の家並の向こうにも果てしない太平洋が広がっています。見上げると日没の大空。夕方なので、住人が道に出ていて、のどかに人の声も聞こえています。乗り合いバスが来て停車することさえ似合っていました。私はいつかこんな場所に住めると思っていたのではないか、そこに辿り着いたのではないか。
 「暑くもなく、寒くもなく」
 自転車で走っていると、何度か突然に桃源郷に踏み入ったような気がした場所がありました。現地で生活する人々は否定するかもしれませんが、私にはそうしか思えないのでした。
 最後のスケッチは和歌山の高野山の入り口です。南海電車とケーブルカーで登って、金剛峯寺に向かい、紀の川方面にひたすら坂道を下る計画です。
 11回にわたり、拙い文章と絵にお付き合い下さり、ありがとうございました。
終わり

題の絵・挿絵も筆者

紀伊水道を走る
高野山の女人堂にて

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