政策解説 厚労省「総合改革意見」をどう読むか B 医療需要・必要病床数に関する国の算定式とは  PDF

新たな地域医療構想は対象をこれまでの「病床」(病床機能)から「病院そのもの」(医療機関機能)、外来や在宅、介護との連携へ拡大する。構想には少なくとも2040年の構想区域(≒二次医療圏)別の「必要病床数」が設定されることになる(新たな「医療機関機能」や「外来・在宅」の必要数の設定の有無、その手法については詳らかにされていない)。そこであらためて見ておくべきは現在の地域医療構想において「必要病床数」がどのように算定されているのか。それは将来の地域の医療需要を測る方法として妥当であるかという点である。
 本稿では現行の地域医療構想における医療需要推計について国の「ガイドライン」に沿って解説し、批判的検討を行う。

必要病床数の計算式

 地域医療構想における病床数の必要量は「医療需要推計」から導き出されている。推計方法は法令・通知で定められている1)。
 推計を行うため、国は都道府県に対し「地域医療構想策定支援ツール」を配布している。その搭載内容が図1である。
 2025年の「必要病床数」は次のような計算式2)で導き出されている。
1 性・年齢階級別の2013年度の入院患者数を365で除し、1日あたり入院患者数(2013年度医療需要:人/日)を算出する(計算式@)。
A @を2013年の性・年齢階級別人口で除し、4医療機能区分(高度急性期・急性期・回復期・慢性期)ごとの入院受療率を算出する(計算式A)。その区分は「医療資源投入量」によって区分する。その境界点は図2の通りである。
 4医療機能区分のうち、慢性期の入院受療率推計は次のような手法で算定される。
 @)一般病床のうち、障害者施設・特殊疾患病棟は慢性期に区分する。
 A)同じく一般病床のうち、リハビリを含めた医療資源投入量が175点未満の場合は在宅医療等に区分する(必要病床数に反映させない)。
 B)一般病床および療養病床のうち回復期リハビリテーション病棟は、回復期に区分する。
 C)残りの一般病床は図2医療資源投入量の点数で高度急性期、急性期、回復期に振り分ける。
 D)回復期リハビリテーション病棟を除く療養病床の入院患者は慢性期に区分するが、そのうち、「医療区分1」の患者の7割は医療ニーズが低いと見なし、将来は病床以外の自宅や介護施設等で対応可能な者と仮定し、在宅医療等に区分する。
 E)Dで慢性期に振り分けた療養病床の入院患者について、入院受療率が最低の県に一定割合(全国最大値が全国中央値まで低下する割合)で近づくように入院受療率を下げ、低下させた分を在宅医療等に区分する。
B Aに2025年の性・年齢階級別の人口を乗じ、2025年度の医療需要(人/日)を推計し、推計した将来の医療需要と将来の医療供給体制に大きな乖離がある場合等には、都道府県間・構想区域間の患者流出入を調整した上で、4医療機能ごとの全国一律の病床稼働率で割り戻し、必要病床数を推計する(計算式B)。

算定式の批判的検討

 以上の算定式は全国統一であり、厚生労働省から都道府県に提供されている。これこそが各都道府県の2025年度の「必要病床数」の「根本」であり各病院に経営方針や進路の選択を迫る根拠となっているのである。
 もとより、万能な算定式は存在しない。各病院において、今後の医療経営を構想するための基礎データとして、こうした式に基づくデータが提供されること自体は悪くない。国自身も2015年6月18日の通知において3)、地域医療構想は自主的な取り組みが基本であり、「単純に『我が県は○○床削減しなければならない』といった誤った理解とならないようにお願いする」と釘を刺していた。しかし、現実には国の算定式に沿って作られた構想の実現が都道府県に迫られ続けてきた。つまり国がどのように責任を曖昧化し、「地域の自主的な取り組みだ」と主張したところで、地域医療構想における機能別必要病床数は「間違いのない将来像」のように扱われてきたのであり、事実上医療機関の将来を縛るものになってきた。その根拠である算定式自体が妥当なものでなければ話にならない。
 この算定式の批判を試みれば、以下の6点となる。
1 2013年度の入院受療率を用いながら、2025年の人口推計を使って医療需要を推計することは正しいか。すなわち、2025年まで受療率が不変であると仮定していることは正しくないのではないか。
A 医療需要の根拠にNDBデータを用いているが具体的にどのようなデータをどう使っているのかが不明である。そもそも国が活用を推進する「ビッグデータ」は一般市民がアクセスできる仕組みになっていない。つまり使用データがブラックボックスの中にあり、再現不能である。
B 二次医療圏ごとに医療需要を算出し、必要病床数を導き出す式になっているが、これではもともとある二次医療圏間の医療提供体制格差が改善されない。
C 「C1」「C2」「C3」の医療資源投入量の境界点は医療現場や地域の実情に合っているのか。境界の引き方次第で必要な急性期医療等に対応する病床数が決まってしまうため、仮に国が金のかかる急性期病床を減らしたいと考えれば恣意的な操作が可能である。また慢性期の推計も極めて政策的である。在宅医療推進や介護資源の充実自体は否定しないが、「医療資源投入量が175点未満の場合」や「医療区分1の患者の7割は医療ニーズが低い」と見なして入院受療率から外すという機械的な発想だけで、本当の慢性期の需要は図れないと考える。
D コロナ禍における入院・外来の逼迫が踏まえられておらず、国民等の健康をめぐる状況変化を反映していない。
E 算定式を単純化すれば「レセプト等の実績×推計人口」に過ぎないが、「潜在的な医療需要」は全く想定されていない。医療の必要な人が全て入院できている前提の必要病床数で良いのか。
 ここで強調したいのはとりわけEである。
 国は「供給が需要を生み出す」という基本的な考え方によって医療政策を考えている。医療機関が不足している地域は医療へのアクセスが悪いために受診できないことがある。経済的事由から医療へのアクセスをためらう人もいる。医療需要を測り、必要病床数を論じたいのなら、最低限、その前提に提供体制格差の縮小や「お金がないと医療にかかれない」という現在の医療保険制度の不備の修正が必要である。つまり地域医療構想の「必要病床数」は、各病院の将来を束縛する根拠としては脆弱な、あるいは医療費抑制政策が背景にあるが故の恣意的な算定式によって導き出されていると言われても仕方のないものである。
 そうやって策定された地域医療構想を前提に、医師・看護職員の需給推計がなされ、診療報酬改定内容にも影響を与えている。さらにそれが医療計画の上位概念に「格上げ」される(連載@で紹介)とは受け入れ難い。
 まして2040年に向けた新たな地域医療構想では「病床機能」にとどまらず、病院自体の機能分化を求める「医療機関機能」明確化が求められ、各病院が「医育および広域診療機能」「高齢者救急機能」「在宅医療連携機能」「急性期拠点機能」「専門等機能」のいずれかの選択が迫られる。「医療機関機能の必要量」がどのような算定式で導き出されるのかは不明だが、各病院の在り方自体が地域医療構想の枠内に押し込められることになる以上、少なくともその算定式は科学的な正当性のあるものでなければならない。
(つづく)

1) 根拠法令は「医療法第30条の4第2項第7号」「医療法施行規則第30条の28の3」「『地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律』の一部の施行について(平成27年3月31日厚生労働省医政局長通知)」である。
2) 計算式は「地域医療構想策定支援ツールの搭載データと推計方法」(茨城県HP)
3) 2015年6月18日付厚生労働省医政局地域医療計画課事務連絡
【参照文献】
・長野県HP「地域医療構想」第3節
 https://www.pref.nagano.lg.jp/iryo/kenko/iryo/shisaku/hokeniryo/documents/iryokoso03.pdf
・茨城県HP「地域医療構想策定支援ツールの搭載データと推計方法」
 https://www.pref.ibaraki.jp/hokenfukushi/iryo/keikaku/koso/documents/siryou5.pdf
・厚労省HP「地域医療構想策定ガイドライン」
 https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000711355.pdf
・「地域医療構想をめぐる現状と課題」佐藤英仁(東北福祉大学)レジュメ(保団連地域医療活動交流集会)
・「医療計画の概要及び第8次医療計画の特徴と問題点」塩見正(国民医療No.364)

(計算式@) 医療需要(人/日)の算出式
医療需要(2013年度)(人/日)=
 NDBのレセプトデータ(@)
+DPCデータ(A)
+公費医療データ(B、C、D)
+分娩のデータ(E)
+介護老人保健施設サービス受給者データ(F)
+労災保険医療データ(G)
+自賠責保険医療データ(H)
365日

※医療需要(人/日)は上記データを基に「病床の機能区分等」(4機能分類及び在宅医療等)、「疾病区分」約90分類、「性」(2分類)、「年齢」(17分類)、「患者住所地二次医療圏」(344分類)、「医療機関所在地二次医療圏」(344分類)別に算出。

(計算式A) 入院受療率の算出式
入院受療率(2013年度)=
医療需要(2013年度)
性・年齢階級別人口(2013年度)
※構想区域(二次医療圏)ごとに入院受療率を算出。

(計算式B) 必要病床数の算出式
必要病床数(2025年度)(床)=
入院受療率(2013年度)×性・年齢階級別人口(2025年度)
病床稼働率
※病床稼働率は全国一律で下記の値を用いる。
 高度急性期0.75 急性期0.78 回復期0.9 慢性期0.92

図1 地域医療構想策定支援ツールの搭載データ

○将来の医療需要を推計するため、国がNDB等のデータに基づき開発した「地域医療構想策定支援ツール」が都道府県に配布された。
○地域医療構想策定支援ツールは2013年度の下記データを用いて推計処理を実施しています。なお、特定の個人が第三者に識別されること防ぐため、医療需要及び必要病床数等の数が二次医療圏にあっては10未満、市区町村にあっては100未満となる数値は、非表示となる。

搭載データの種別
病名の有無
医療需要 @ NDB(NationalDatabase)のレセプトデータ あり
  上記のうち慢性期、回復期リハビリテーション病棟入院料 なし
 A DPCデータ あり
 B 公費負担医療分医療需要(医療費の動向) ※
 C 医療扶助受給者数(被保護者調査) ※
 D 訪問診療受療者数(生活保護患者訪問診療レセプト数) なし
 E 分娩数(人口動態調査) あり 
 F 介護老人保健施設の施設サービス受給者数(介護給付費実態調査) なし
 G 労働災害入院患者数(労働災害入院レセプト数) なし
 H 自賠責保険入院患者数(自賠責保険請求データ) なし
人口 住民基本台帳年齢階級別人口 ―
将来人口推計 国立社会保障・人口問題研究所性・年齢階級別将来推計人口 ―

※BCについては、@Aの二次医療圏、性・年齢階級、疾病による割合を用いて按分。

図2 病床の機能別分類の境界点(C1〜C3)の考え方

 医療資源投入量 基本的考え方
高度急性期
C1 3,000点
救命救急病棟やICU、HCUで実施するような重症者に対する診療密度が特に高い医療(一般病棟等で実施する医療も含む)から、一般的な標準治療へ移行する段階における医療資源投入量
急性期
C2 600点
急性期における医療が終了し、医療資源投入量が一定程度落ち着いた段階における医療資源投入量
回復期
C3 225点
在宅等においても実施できる医療やリハビリテーションの密度における医療資源投入量
ただし、境界点に達してから退院調整等を行う期間の医療需要を見込み175点で推計する。

※在宅復帰に向けた調整を要する幅を見込み175点で区分して推計する。なお、175点未満の患者数については、慢性期機能及び在宅医療等の患者数として一体的に推計する。

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