冠動脈造影検査時に解離が生じ死亡
(70歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
患者は健診で心電図の異常を指摘され、本件医療機関を受診した。その際、本件医療機関の医師は患者に心臓カテーテル検査を勧めたが、患者は多忙を理由に断った。5年後、再度心電図検査で異常を指摘され、翌年、右冠動脈造影検査の目的で本件医療機関に入院した。
入院翌日、手関節からのカテーテル挿入の際、主治医は上腕動脈の血管が非常に蛇行しており挿入に難渋し、また右冠動脈のアプローチも困難で、カテーテルの形状をJR4からAL1・0に変更してようやく造影を開始した。主治医は1回目と2回目の造影を問題なく行ったが、3回目の造影時に右冠動脈起始部の解離に気付いた。解離はその起始部から大動脈バルサルバ洞、上行大動脈まで拡大し、その後、血圧が低下し患者は心肺停止状態に陥った。主治医は速やかに心肺蘇生を開始しながら、心エコー検査によって心タンポナーデを発見したことからドレナージチューブを留置し、続いて人工心肺装置および大動脈バルーンパンピングを留置して解離部分のカテーテル治療を行った。その結果、右冠動脈の血流は確保できたが、大動脈部分の解離は改善せず、心嚢ドレナージへの出血も持続したため、外科的治療が必要と判断しA医療機関へ転送を依頼した。しかし、出血が多くこのままの状態では脳へのダメージも大きく救命は難しいと判断し、引き続き本件医療機関のICUにて治療継続を試みたが、最終的には急性大動脈解離にて死亡した。後日、造影時に撮影していた動画で、2回目の造影時に右冠動脈起始部の解離を確認できたが、術中は心電図に大きな変化がなく解離には気が付かなかったとのことであった。
患者側は検査で入院しただけなのになぜこのような結果になったのか納得できないなど、医療機関の一連の対応に不満を募らせた。
医療機関側は2回目の造影時に右冠動脈起始部の解離に気付くべきであったと過失を認めた。
紛争発生から解決まで約1年6カ月間要した。
〈問題点〉
事前に、患者に対して、冠動脈造影のための同意書ではなく経皮的冠動脈形成術(PTCA)の同意書を準用して説明していたため、心臓カテーテル検査で想定される具体的なリスクなどを説明した痕跡はカルテを含め文書として残っていなかった。主治医は口頭で説明したと主張するが、患者がリスクを理解した上で検査を受けたかどうかは疑わしく、不完全なインフォームド・コンセントだったことは否めない。
また、動画では2回目の造影時に解離が発生している記録が残っており、このような合併症を発見することは必ずしも容易とは言えないが、気付くべきであった。3回目のカテーテル挿入により冠動脈をさらに傷つけ、結果的に大動脈解離を招いた上、その後の処置で大動脈を優先すべきところを冠動脈を優先して処置し被害を拡大させたものと考えられた。2回目で解離に気付いていれば救命の可能性はあり、死亡との因果関係はあったと判断した。
〈結果〉
医療機関側は過誤を認め、賠償金を支払い示談した。