医療費抑制政策の下での「とりまとめ」「パッケージ」の位置
本稿では新たな地域医療構想等に関する検討会の「医師偏在対策に関するとりまとめ」1)(2024年12月18日)を検討する。内容はほぼそのまま「医師偏在の是正に向けた総合的なパッケージ」2)(2024年12月25日)に盛り込まれている。
「もはやコロナ禍ではない」3)とのフレーズで始まる「令和7年度予算の編成等に関する建議」(2024年11月29日財政制度等審議会)において、財務省は医師偏在対策について「希少な医療資源を効率的に配分することが重要であり、そうした観点から医療提供体制の在り方を見直す必要がある」として「医師の地域間、診療科間、病院・診療所間の偏在是正に向けた強力な対策を講じる必要」があるとしている。さらに「自由開業制・自由標榜制が、医師の偏在の拡大につながっている」「保険医療機関の指定を含む公的保険上の指定権限の在り方にまで踏み込んだ実効的な規制を導入することが不可欠」として、従来からの主張である「地域別診療報酬の活用」にとどまらず、特定の診療科の医療サービスを「過剰」と判断した場合の「特定過剰サービス減算」まで提案している。
「とりまとめ」や「パッケージ」はこうした強硬な主張も踏まえた現時点での政策上の「落としどころ」と考えるべきであろう。
総数の確保から適切な配置へ
「とりまとめ」は基本的な考え方として、これまでの「医師少数の地域や診療科における医師の配置」は「基本的に職業選択の自由・営業の自由に基づき医師が働く場所や診療科を自由に選択できるという考え方の下に」行われてきたが、今後の人口構造の急激な変化の中で「地域・診療科の医師配置の不均衡が拡大しかねない」「医師数は毎年増加しており、医師の需要と供給は2029年頃に均衡する推計」もあり、「総数の確保から適切な配置へと重心をシフトしていく必要がある」とする。
重点医師偏在対策支援区域と医師偏在是正プラン
具体的な取り組みの一つが「重点医師偏在対策支援区域(仮称)」の設定と当該区域における都道府県による「医師偏在是正プラン(仮称)」策定である。
区域は厚労省が候補区域を示し(例示として各都道府県の医師偏在指標が最も低い二次医療圏、医師少数県の医師少数区域、医師少数区域かつ可住面積当たりの医師数が少ない二次医療圏※全国下位1/4)、都道府県はそれを参考に選定する。選定された区域ではプランを策定し、支援対象医療機関、必要な医師数、医師偏在是正に向けた取り組み等を定める。具体的な内容は国が定めるガイドラインを踏まえて緊急的な取り組みを要する事項から先行する予定であり2026年度に全体を策定する。
区域では2026年度から経済的インセンティブが本格実施され、承継・開業する診療所の施設整備、設備整備、一定期間の地域への定着に関する支援を先行実施。同区域における一定の医療機関に対して、派遣される医師および従事する医師への手当増額支援を行う。なお手当増額支援の財源は各保険者の保険財源とする。
「医師少数区域経験認定医師制度」4)も改定する。現在は地域医療支援病院の管理者の要件とされているが、公的医療機関および国立病院機構・地域医療機能推進機構・労働者健康安全機構が開設する病院を対象に追加。また、その効果を検証した上と留保しつつ「全ての医療機関を対象とすべき」との意見も紹介している。併せて認定医の勤務経験期間を現在の6カ月以上から1年以上に延長する。
強められる開業ハードル
自由開業制に直接切り込む仕組みが「外来医師多数区域における新規開業希望者への地域で必要な医療機能の要請等の仕組みの実効性の確保」である。
現在、都道府県が設置する「外来医療機能に関する協議の場」での協議を踏まえ、外来医師多数区域では都道府県が新規開業希望者に対し「地域に必要とされる医療機能を担うよう求める」こととされている。だが「対応していない新規開業者が一定存在する」ため、要請やフォローアップの仕組みを強化する。具体的には「外来医師偏在指標が一定数値(例えば標準偏差の数倍)を超える地域(「外来医師過多区域」5))」での新規開業希望者に対しては「都道府県医療審議会や外来医療の協議の場」へ参加(毎年1回)を求め、「地域で不足している医療機能(夜間や休日等における地域の初期救急医療、在宅医療、公衆衛生等)の提供や医師不足地域での医療の提供(土日の代替医師としての従事等)を要請6)」できるようにする。要請に応えない医療機関に対しては勧告、勧告に従わない場合は名前を公表する。保健所等による確認、診療報酬上の対応、補助金等の不交付を行うことが「考えられる」と明記。
さらに、「とりまとめ」は「勧告にも従わない事業者に対して」「保険医療機関の指定の可否について、開業時だけではなく、更新時にも厳しく判断すべき」「保険医療機関の不指定や取消を規定すべき」との意見も記載している。また要請された医療機関の指定期間を「少なくとも(現行の)6年でなく3年に短縮する」と言う。
財務省と厚労省の提案は何が違うか ― 本当に医師偏在是正につながるか ―
以上のように、地域医療構想では病院と病床の数と機能を、医師偏在是正(医師確保計画)では開業ハードルを上げて外来の数と機能に対する国のコントロール強化が目指されることになる。同時に別稿(本紙第3173号)で指摘したように、かかりつけ医機能報告制度や外来機能報告制度による「かかりつけ医」と「紹介受診重点医療機関」の機能分化策も進む中、現実の医療提供体制にどのような影響がもたらされてくるのか、引き続き注視・研究が必要である。
厚生労働省は「パッケージ」では医師偏在是正策を「地域ごとに人口構造が急激に変化する中で、将来にわたり地域で必要な医療提供体制を確保し、適切な医療サービスを提供するため」と言う。
同省の言うように「保険あってサービスなし」とならないよう、全国どこでも医療サービスを普遍的に提供できる体制が求められているのであり、医師確保の困難な地域に一定の公費出動も必要と認めた点等、評価すべき内容もある。
何しろ医療費抑制を主目的にさまざまなアイデアを繰り出してくる財務省の「医師偏在是正」とは目的が違うはずである。したがって問われねばならないのは「とりまとめ」や「パッケージ」の示す方向で本当に「医師偏在」が解消に向かうのか。医師がいないことで住み続けることのできない地域が一つもないようにできるのか。つまり医師の多い都市部での開業を抑えることが地域での開業を促すことになるという発想はそもそも正しいのか。あるいは結局のところ、今回の提案も財務省の言う医療費抑制のための医師偏在の枠内の議論に過ぎない話で終わってしまうのではないか。このような疑念を晴らすだけの材料はいまだ厚労省から示されたとは言えない。
1)https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001358749.pdf
2)https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_48023.html
3)1956年7月17日の『経済白書』の序文「もはや戦後ではない」のパロディと思しき表現。多数の人命を奪った感染症をパロディに用いることの妥当性が問われる。
4)政府統計によると2022年4月1日〜24年3月31日に「医師少数区域経験認定医師の認定に必要な業務を行った医師」は総数280人。京都府では1人存在する。
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450127&tstat=000001216300&cycle=0&stat_infid=000040166543&tclass1val=0
5)唐突に用いられた用語。現行の「外来医療に係る医療提供体制の確保に関するガイドライン」(2023年3月)にも文言自体存在しておらず公文書で用いる妥当性が疑われる。
6)法律の言葉で「要請」はあくまで「お願いベース」である。