徳永 メディカルサポートを進めるには
医療機関同士の連携も必要
中嶋 患者さんの漠然とした言葉から
本質的な課題をすくい上げて
福山正紀副理事長 医療とパラスポーツご専門の徳永先生とパラ・パワーリフティング選手の中嶋さんにお話を伺います。徳永先生はパラ・パワーリフティングを初めて見て一気にファンになったと聞きましたが魅力は何ですか。
徳永大作医師 2016年にサン・アビリティーズ城陽がナショナルトレーニングセンター(NTC)の候補になった時、小倉で行われた全国大会を見に行きました。迫力がすごくて力が入るだけでなく、バランスを取って静止する必要があるなど、デリケートな美しい競技だと感じました。その後、選手たちと初めて話をしました。何となく無骨なイメージを勝手に持っていたのですが全然そんなことはなく、皆気さくで明るく、礼儀正しい選手たちだったのが印象的でとても親しみを持ちました。
福山 選手たちはどのような障害を抱えておられますか。
徳永 日本の場合は脊髄損傷や二分脊椎の方が多いですね。他に下肢切断や低身長の方も参加されています。
福山 メディカルサポートとは具体的にどのようなことをされるのですか。
徳永 大会・合宿の帯同やスポーツ傷害の治療が大きな仕事ですが、講習会なども行います。コロナ禍では大会時の感染予防にとても苦労しました。今は京都NTCの特色となっている動作解析も軌道に乗ってきています。一番時間がかかるのはデータ管理と書類作成です。メディカルチェック、褥瘡の検診やTUE(治療使用特例)の書類作成などです。大変な仕事ですが、事務方がしっかりサポートしてくれています。
福山 選手を中心とした“アスリートセンター”を進める上で困難なことはありますか。
徳永 京都NTCは病院と隣接しているためメディカルサポートを行うのにとても良い環境ですし、京都府や城陽市をはじめ行政のサポートも素晴らしいです。ただ、他の施設からもPTやOT、栄養士などが参加してくれればいいなと思っています。選手はかかりつけ医で合併症の治療をされている人も多く、医療機関同士が連携できる仕組みも必要です。国際大会で必要な英語の書類なども、もっと多くの病院で作成していただけると助かりますね。
福山 次に中嶋さんにお聞きします。パラカヌーからパラ・パワーリフティングに転身されたそうですが、それぞれの競技の魅力は何ですか。
中嶋明子選手 パラカヌーは、水上では、自身の障害を忘れられます。逆にパラ・パワーリフティングは障害を実感するという大きな違いがあります。ただ、パラ・パワーリフティングの面白いところは実施・分析がトライ&エラーの繰り返しで、本職の研究とよく似ているところです。
福山 練習をする中で制限などはありますか。
中嶋 一般のジムは障害者が一人で行くと断られることも多いです。損傷部位の影響で身体の左右差があるので動画で確認したいと思うのですが、多くの民間ジムは撮影禁止です。公営プールには泳ぐのにも介助者が必要な所があります。
福山 競技に出会って変わったと思うこと、影響を受けた方はいますか。
中嶋 私は受傷するまで大学でリウマチの研究をしていました。それまで日常生活では他人に対する興味がなかったのですが、車いす生活になり周囲からの過干渉を経験し、他の障害の方を見てできることとできないことの境界線はどこかなど、他人を見る・興味を持つようになったのは大きく変わったことです。
競技人生で影響を受けた人は、パラカヌーではオーストラリア人のアマンダ・ジェニングス氏です。私より10歳年上ですが、水泳でメダルを取り、カヌーでメダルを取り、パリパラリンピックではアーチェリーに出場されました。年齢を感じさせないアグレッシブな姿勢が魅力の友人です。パラ・パワーリフティングではイギリス人コーチのジョン・エイモス氏です。本人も脊髄損傷で元選手ですので、さまざまな障害を良く理解しています。同じ損傷部位の障害を持っていても、運動歴や体格、生活、性格の違いなどでアプローチの方法が違ってきます。日本ではメンタル、フィジカルなどそれぞれで専門のコーチがつきますが、彼は一人で全てを担っています。合宿や試合の時にしか会えないのですが、私のことを誰よりも理解してくれています。
福山 苦しい時や挫折はどう乗り越えてこられましたか。
中嶋 私はフルタイムで仕事をしているので、起きている時間はフル稼働です。競技でケガをしても仕事があるので落ち込んでいる暇はなく、仕事をするしかない。逆に仕事が忙しい時は移動時間で気持ちを切り替えて、極力余計なことを考えずに競技に専念しています。
福山 1週間で練習に費やせる時間はどれくらいですか。
中嶋 今は20時まで仕事をして、21時にジムに行って23時、24時まで練習し、翌朝1時に家に帰る、それが週3日です。カヌーの時は平日に練習できないので、週末に練習していました。仕事が忙しかったり、天気の関係で練習時間を確保できない時は、船を持ち帰って、朝5時から練習して会社に行くような生活をしていましたね。
福山 努力と工夫をされているのですね。これからの目標、課題を教えて下さい。
中嶋 パラスポーツ全般では障害を理解してくれる指導者がまだまだ少ないです。ここでは運動機能の専門家である整形外科医が障害者に合わせたアプローチやアドバイスを指導者と連携してもらえます。こうした環境がどの種目でも広がっていけば良いなと思っています。
徳永 障害の種類や程度、体格、運動歴などの違いで異なるスポーツ傷害の予防法はまだ確立されていないので、研究が進めば良いと思います。
福山 私たち医師が選手たちにできることはありますか。
徳永 チャレンジカップ京都を毎年開催していますので、まずは見に来て下さい。見ることで興味や疑問が湧き、選手と話をすることで競技がぐっと身近になります。最近はパラスポーツもテレビで報道されますが、直接観戦すると面白さが全然違います。
中嶋 身体障害者のリハビリや日常診療の中にはちょっとした落とし穴(健康な状態ではイメージできないこと)があり、患者さんの漠然とした言葉の中から、どう本質的な課題をすくい上げるかが重要だと考えます。かかりつけ医である先生方の得意分野かつ選手に対してできることは、まさにそこなのではないかと思います。選手に関わる先生方のご尽力のおかげで私たちは競技に専念できるので、京都府保険医協会の会員の皆さまにもぜひスポーツだけでなく目の前の選手に興味を持っていただければ嬉しいです。
(2024年10月29日)
なかじま・あきこ
東京大学大学院卒業、獣医学博士。マルホ株式会社、四條畷学園大学非常勤講師。
パラカヌー(2012 17年日本代表)、パラ・パワーリフティング(2017 22年日本代表)。
交通事故による胸髄損傷で研究者の道を断念し、会社員に。現在は兼業アスリートとして、仕事、競技、ボランティア、研修講師活動を行う。
とくなが・だいさく 京都府立医科大学卒業、整形外科。京都府立心身障害者福祉センター附属リハビリテーション病院(京都府社会福祉事業団)院長。専門はリウマチ、リハビリテーション、スポーツ。趣味はテニス、ベース、漫画評論(洛北高校同期の中江裕司監督「土を喰らう十二ヵ月」らと漫画研究会立ち上げ)。特技はイラスト。
京都NTCの特色である動作解析はオリジナルのソフトウエアを使用し、試技の3次元動作解析をリアルタイムで行い、すぐにフィードバックができる。海外からも見学に訪れるほどだ。写真は実際の動作解析のモニターの前で。
=撮影:サン・アビリティーズ城陽
SWpix_2021ワールドカップマンチェスターに出場した中嶋選手