ライチョウケージ保護に参加して
2024年7月、木曽駒ヶ岳で行われているニホンライチョウのケージ保護「中央アルプスにおけるライチョウ野生復帰実施計画」に、中村浩志先生のご厚意で参加させていただきましたのでその内容と感想を報告します。
日本のライチョウは孵化後1カ月間の死亡率が高く、その原因は孵化時期の梅雨による悪天候とキツネ、テン等による捕食であることが分かりました。そのため、ライチョウの生息する高山にケージを設置し、孵化したばかりの雛を母親とともにケージに収容し、雛が飛べるようになり、自分で体温維持ができるようになるまでの1カ月間、人の手で守ってやる方法として考え出された保護対策がケージ保護です。
ケージの中には、高山植物を移植して生息環境に似た環境を作るだけでなく、ミルワーム、コケモモ、ガンコウラン、そして無農薬で栽培された小松菜やチンゲンサイなどの餌が用意され、元気についばむ姿が見られました。
今年は雛が生まれた6月末から荒れた天気の日が多く、保護した3家族18羽の雛が7月下旬には10羽まで減少する事態となりました。そんな中、今年も最初に中央アルプスで見つかった飛来メス(自然に対する人間の責任を問うため飛んできた神の鳥と呼ばれる)も推定年齢10歳ながら健在で、元気に子育てをしていました。
幸い天敵となるサル、キツネ、テンなどは捕獲や追い払いでずいぶん減少していますが、想定以上の悪天候が続き、ケージ保護した雛でさえ低体温のため衰弱死に至ったと考えられます。しかも毎日続く暴風雨と低温のため、お散歩のためケージから出しても雛たちは少し歩いて餌をついばんだだけで、抱雛(母鳥の中に潜り込む)に入ってしまい母鳥、雛ともに運動不足によるストレスが懸念されました。
このまま7月の終わりに予定されている放鳥時まで雛が順調に育ってくれるのか懸念されましたが、7月29日午後には3家族10羽の雛が母鳥と一緒に山に帰っていきました。そしてこの5カ年計画で木曽駒ヶ岳のある中央アルプスで60家族約130羽のライチョウたちが住む、日本で有数のライチョウ生息地が復活したのです。しかも中央アルプスはハイマツの背丈が低く姿を隠しやすく、高山植物も豊富でライチョウにとっても最高の生息環境です。
また動物園(茶臼山動物園、那須どうぶつ王国)で人の手で育てた雛を9月に山に戻してケージ保護の後、放鳥する野生復帰事業も行われます。野生復帰させる家族は高山帯の環境下で、放鳥後約3カ月、雛鳥の成長と同時に生き残る術について学習をさせます。そして集団として生き残るためには、母鳥が十分に雛鳥の面倒を見て、危機的な状況時(天敵の接近)に鳴き声で合図を送ることや、雛鳥が母鳥に懐き、母鳥に追従し鳴き声等の指示に従うことの観察を続ける必要があります。
野生生物の生息数を人の手で増やし、絶滅した場所で再生させることはいろいろな意見があるとは思います。しかし、氷河時代から何とか生き延びてきたライチョウたちが人間の生活が原因で起こった気候変動や環境破壊などでその生息数が激減し、今や絶滅の危機に瀕していることは事実です。ニホンライチョウを「第二のトキ」にしたくないとの思いで長年研究してきた研究者たちが、科学的な分析と経験を駆使し、せめて絶滅危惧種からは脱却することを目指しています。ニホンライチョウは日本の伝統文化である山岳信仰においては「山の守り神」であり、海外のライチョウたちのように狩猟によって食用にされることがない日本で唯一人を恐れない野生の生き物になったのです。ライチョウの保護は日本の山岳環境を保全することだけでなく、日本列島全体の自然環境、そして日本古来の文化の保護に密接に結びついていると思います。
私が活動中、多くの登山者たちがライチョウの親子を見つけ、特に子どもたちが目を輝かせながら見守っていました。「山の守り神」が多くの山で訪れる人々を見守ってくれる日々が続いていくことを心から願わずにはいられません。日本人の精神と日本アルプスの山岳環境でようやく生き残った数少ないニホンライチョウがこれからも日本の山で家族を増やし、登山者たちの心を和まし続けてくれることを願い、多くの国民にこの活動を知ってほしいと思います。
参照 中村浩志国際鳥類研究所―日本の野鳥を守る(hnbirdlabo.org)
(京都府歯科保険医協会 副理事長 平田 高士)
写真1:ケージの中で餌をついばむ親子、写真2:お散歩の最中、母鳥は常に雛たちの動きに目を光らせている、写真3:放鳥され山に戻って行く親子