白内障手術後に眼内出血
(60歳代後半男性)
〈事故の概要と経過〉
患者は本件医療機関で8年前から緑内障の治療を受けており、7年前には左白内障手術を受けたが、右眼の視力が低下(右:0・5、左:0・9)したため今回、右眼白内障手術を受けた。術中、水晶体の後嚢が前方に上がり、超音波チップに後嚢が接触した可能性があり、後嚢に亀裂が認められ、残った水晶体皮質、前部硝子体を切除吸引した。また、前嚢切開部位に亀裂が1カ所認められた。そこで眼内レンズ挿入を試みたが、レンズが傾いたため眼内レンズを眼内で切って取り出した。創口は縫合せずに手術を終了した。なお、患者の強い希望により日帰り手術で行われ、帰宅途中に汗で眼帯が外れたため、患者はハンカチで眼を押さえ、新しいガーゼに交換した経緯があった。患者は帰宅後に眼痛がありダイアモックスRを服用し痛みは治まったとのことだったが、手術翌日の診察において医師は右眼駆逐性出血を認めた。
患者側は白内障手術によって右眼が全く見えなくなり生活も不便になったことから、慰謝料などを請求した。 医療機関側としては手術終了時には駆逐性出血はなく、眼内レンズ二次挿入により視力は回復すると考えた。駆逐性出血の原因として、日帰り手術であったため、入院の場合よりも安静が保てず、また、非常に気温が高く血圧が上がったなどさまざまな要因が重なり、創口から房水の漏れが起こり低眼圧になったことを挙げた。ただし、医療過誤については「術後」の駆逐性出血の発症確率は、文献によれば0・004%と極めて低く、予見は不可能だったとして否定した。
紛争発生から解決まで約3年4カ月間要した。
〈問題点〉
白内障手術で問題とされる合併症のうち、後嚢破損は数百例に1例、術後眼内炎は数千例に1例、駆出性出血は数万例に1例とおおまかに考えられる。本事例では小切開自己閉鎖創であったため無縫合で手術を終えているが、脱出した硝子体を切除しても網膜まで脱出してくるような事態ではなかったことから、術中の駆出性出血という病態ではなく、術直後に生じた大量の脈絡膜出血と考えるべきであろう。術中に脈絡膜血腫を生じてその圧力で硝子体が押されて後嚢が上がってきたために、後嚢破損に至った可能性は否定できないが、術中には血腫がそれ以上大きくならず、術後に徐々に血腫が大きくなったか再出血を来したと考えた方が理解しやすい。本件は予測困難な極めてまれな事故と考えられる。
〈結果〉
医療過誤がないとの調査結果を医療機関側が誠実に患者側に説明したところ、患者側からのクレームが途絶えたので、立ち消え解決と見なされた。